終わりのセラフ 第九十三話感想 *ネタバレあり
こんばんは。守宮ビブロンです。
また前日になってしまいましたが、最新話の感想です。
ふせったーで言っていたことのまとめです。特に目新しい話はありません。
問題は誰が見せてるかってことなんですよ。優は外にいるし、ミカの中にはミカしかいない、はず。でも鬼化だから真祖も中に入れるっちゃ入れるのか? あの優はユウなのか? 「千年でも一万年でも一緒に」が不穏すぎる。それさあ、真昼がグレンと一緒にいたい気持ちとおんなじじゃんかよ……。
あー羽根生えちゃった、と思ったんですけど過去の「ミカエラ」と同じような存在になろうとしているのでしょうか。元々の「ミカエラ」になろうとしている? あの肉体はどこに行ったんだ……。
もしかして、人間→吸血鬼→鬼の次は人間? 蘇生してぐるっと返ってくるのかな。それか天使か。いや、天使ってことはないか。でもあの羽根だしな……。堕天使なのかな……。
じゃあ人間→鬼からの末路はどこなんだ?
とりあえず今一番最先端を走ってるのがグレンと真昼だとして、やっぱり優とミカは融合するのではないかと思う。
はあ……まさか世界再誕のあの涙が出そうなくらい幸せな光景が伏線だったとはね……。にっこりしちゃうよ私は。過去編と見せかけて、優とミカがなぞってるなこれ。なぞってるというか、先に真昼が実験していて、今が本番って感じか。結局すべてあの二人をどうにかするために行っている計画だもんな~!!
二つ目
真祖の過去が全く分からないのでこれは妄想です。でも、優の言葉のおかげで吸血鬼の不死は「呪い」ではなく「祈り」だったのかもしれないなあって思うようになりました。まあ始祖たちにとっては知ったこっちゃないと思いますけど。
終わりのセラフ 第九十二話感想 *ネタバレあり
時の流れが速すぎる……。私の生き方がゆっくりすぎるんでしょうか? 8月になったことを実感しきれていない守宮ビブロンです。こんばんは。本誌明日発売ですよ……早すぎませんか? 紙派なので夜が明けたら買いに走ります。
ということで今更終わセラ最新話(7月の)感想です。書こう書こうと思って、こんなギリギリになってしまった。感想っていうかただの覚書というか。最新話を読んだ上での予測、ですね。例によって例の如く一瀬グレンの話しかしてません。吸血鬼の戦いですか? クローリーの表情がころころ変わってかわいかったなーって感じです。焦ってるのかわいいよね。好きです。
来る7月4日。6月4日から一ヵ月で破滅7巻と世界再誕2巻、コミック21巻を読破しまして、準備は万端でございました。21巻のラストで一瀬グレンの安否が分からなくて絶望した。吸血鬼サイドの過去編がくるかも、という話をしていたので気が気ではありませんでした。一体どうすればいいんだ……。
一瀬グレンのその後について7通りぐらい考えました。孤独に死ぬかグレン隊の面子に見つかるかそれとも吸血鬼になるのではとか……。
吸血鬼サイドの話で終わるんだろうなあと読んだ結果、出た。出た時声出ちゃいました。は??? なんでもう出てきてんの?? 早いよ登場が! 何の前触れもなく来たので本当、頭の中ははてなマークでいっぱいでした。まさかあんな登場の仕方するとは思わないじゃないですか!!!!! 「何もなかったぜ」みたいにさらっと出てくるんじゃない!! なんだお前……私の心配を返せよ……。旅に出て2年後にナルトに会ったときのサクラちゃんの気持ちがわかりました(別作品の話を出すな)。命の心配をしないで済むのはよかったです。健やかに生きて。
ところでリーグがノ夜の本名さらっと言ってましたけどあれ初出ですよね?? ヒエンで猿かなあ、と思ったのですが(世界再誕2巻でリーグが西遊記の話をしていたので)、今調べたら「飛縁魔」がいました。日本の火の妖怪、とはまた違って、マーラの方の意味かなあとか思ってます。殺すもの、死、のようなものをつかさどる悪魔。第六天魔王にも通じるっぽいですね。ふうん……。wikiさんに頼ったのでどこまで本当かは分かりませんが。
私が一瀬グレンへの感情をこじらせているのでそっち寄りの話になります。ミカエラに刺した薬はノ夜の血かな? と思ったり。過去のミカエラの周りにクルルとアシェラとノ夜がいたので、三人が合わさったら何かが起きるのかなあと。鬼化の原因、あの三人の可能性があるんですよね。実際、真昼はもともとアシェラを身に宿し、クルルの眷属になり、ノ夜を持つグレンの血を飲んだじゃないですか。書いてたら本当にそう思えてきたな。
阿修羅丸のことを「ミカエラの刀」と百夜教の皆様が言っていたのがすごく気になるんですよねえ。真祖にアシェラは「家内用」と言っていたし、ミカエラに付随する何かとして存在しているのでは。真祖が鬼化したということは、その先にきっと何かがあるんでしょうね。
そう、ミカエラの鬼化は真祖の願望であるような気がするんですよね。一瀬グレンはリーグの元で動いていたはずでは? という疑問は「敵の敵は味方」論で説明がつくと思います。つまり、リーグを倒すために真祖とつながっているかもしれない、ということですね。世界再誕2巻で憎悪抱いてましたし……実際祖先をいじくられて一瀬家の運命を変えたのはリーグですし。
そもそも、真祖の願いが何なのかがはっきりしないので、世界にどういう作用をもたらす存在なのかが一切分からないんですよね。勝手に悪だと決めつけているけれど、世界を再生できるのは真祖だけかもしれない。現時点で神に一番近い存在だから。
真祖とグレンがつながっていると考えると、いろいろ説明がつくんですよ。たとえば5巻でグレンが真昼を憑依させたこと。わざわざあの時に見せた理由は、シノアにではなく真祖に見せるためだったのではと。それまでは直接のつながりはなくて、真昼が指示していた可能性がありますね。だから真昼はリーグの動きを知らなかった(世界再誕2巻の話)。破滅で真祖に一番近い存在だったのは真昼だったのではと考えています。父親のお気に入りというより、真祖のお気に入りだったのかなあと。あともう一つ、20巻。リーグと真祖の前にグレンが現れた時の真祖の表情。なーんかひっかかるんですよね。笑っちゃうな、みたいな気持ちが内包されていそうで。罪鍵を向けた時も、逃げようと思えば逃げられたはず。でも大人しく引っ込んだのは、これから先はグレンと真昼が進めるとわかっていたからでは? 真昼が動くからシノアは解放する。そういう約束なのかな、なんて思いました。結局、グレンは深夜たちがずっと生きていられれば満足ですし、真昼の願いはシノアが健やかに育つことなので、真祖と利害が一致すれば協力体制にはなると思うんですよ。そのあとどうするかは置いておいて。
勝手に書き連ねましたが、全然違ってたら笑い飛ばしてください。私も笑って忘れます。なんにせよ、グレンと真昼は真祖の目論見を知っている気がしてならない。今、人間の中で一番進んでいるのは彼らですよ。破滅では亀さんだったのにね……。おかげでウサギと亀を見ると泣く体になりました。16巻の人形作戦会議で自分を亀の人形で代用してる一瀬グレンなんなんですか??? 本当、おまえってやつは……本当……。
「黒鬼のシナリオ」誰の筋書きかなあ。真祖だろうなあ。いよいよミカエラの鬼化が始まるわけですが、一体どんな姿で現れるのかなという気持ちですね。真昼の変化も気になりますし……。あれ、鬼化かなと思ったんですけど「私の欲望」って言っているから人間でしょうか? グレンと同じ生成りということ? ノ夜の役目は終わりということでしょうか。ならやっぱりミカエラを鬼にするためにノ夜を呼んだとみていいのかな。
そもそもノ夜は真昼がグレンに渡したものですが、どっから出てきたのかさっぱりわからないんですよね。やっぱり裏に真祖がいたんじゃなかろうか。ううむ。
もう一瀬グレン主人公じゃん! と思いながら追っかけています。もうダブル主人公スタイルで行くのかな。小説の続きも待ってるんですよ……。次回は全員集合しちゃうのかな、どうなるのかな。明日を心待ちにしております。
どうでもいいことですが、まだドラマCDもアニメも手を付けてません。ネットフリックスには加入したというのに……!! 好きすぎて怖いんですよ(言い訳)。ただ覚悟が足りないだけです。誰か勇気をください。
最近の話
こんにちは。守宮ビブロンです。久しぶりにブログらしい、よしなしごとを書いてみようかと思い立ちました。
しばらく見ていない間になぜかPVが伸びていてびっくりです。烈伝感想とかすごく長いのによく読むなあ、と思いました。もしかして烈伝感想って検索したら上の方に出てくるのか? とにかくこんなに読まれることを想定していなかった。
さて、最近のお話。都内にいる私は相変わらず引きこもり生活をしています。この夏は帰省もできないでしょうし、引きこもりライフを満喫するしかないですね。
・5月
外出自粛期間だった5月にはクトゥルフ神話TRPGに足を突っ込みました。今までも話は聞いていたので、満を持して、という感じですね。絶対にハマるだろう、と予感はしていたので、わざと避けてきたジャンルでした。一度やってしまうとダメですね、もうずるずると引きずられ、2カ月足らず(6月は抜いています)でルールブックが2冊、サプリメントが2冊ともう引き返せない領域に来てしまいました。たぶん長く続く趣味になるでしょう……。
ここで私の楽しみ方について。そもそもキャラクターへの愛着が薄く、交流なども滅多にしないため、いわゆるうちよそを目的とした遊び方は苦手です。ですが、適度なRPは好きです。ようやく確立してきた認識なのですが、私の中でのキャラクターRPは即興(エチュード)みたいなものだと思っています。決められた台本(シナリオ)の内容は知らされず、その場に合った言動をとる。そしてストーリーをオチまで持っていく。テキストセッションをしていたころは「リレー小説」のようだと思っていましたが、すでにシナリオがある以上、それは少し違うなと。今は、即興でテンポよく進めていくことを重視しています。良くも悪くも「その場限り」を楽しんでいけたらいいなと思っています。
最近は会話が減っている時期なので余計に楽しいのかもしれません。
そんなこんなで、夜はセッションを楽しんでおります。
・6月
この月はセッションは控えめでした。その代わりというか、まったく代わりではないのですが、『終わりのセラフ』にドはまりしました。今も好きです。たぶんずっと好きです。
事の発端は6月4日。ジャンプスクエアの発売日。先にハマっていた同居人が楽しそうにしていたので、読んでしまったのが始まりです。詳しく言えば、最新話につながるからと渡された20巻にやられました。いや、男2人と女1人の関係性には本当に弱くて……。コミックの前に講談社ラノベ文庫の方を読破しました。見事に破滅しましたよ、ええ……。この話は長くなるので割愛します。
こんな具合にあれよあれよと沼に落とされ、次のジャンプスクエア発売日(7月4日)にはコミック全巻、ラノベ文庫全巻が揃っていたのでした。
公式が最高すぎて私は二次創作の存在意義を見失いました。期待以上のものが供給されたらもう、何もできないですよ……。黙って完結を待ちます。そして一瀬グレンの幸せを願います。せめて人として死んでほしい。あわよくば笑って生きてほしい……。これは一読者のエゴです。
・7月
セッション期再び、です。学習意欲も高まっていて、映画や小説や歴史を浴びたい。宗教も勉強したい。時間が足りないです圧倒的に。毎日家にいるのに、なんででしょうね……。卒論も本腰入れて、進路も決めなければいけないというのに……。やることが山積みだ! みたいな時期です。夏季休暇に入れば少しは落ち着くのでしょうか。そんなことより毎日毎日工事の音が響いて辛いです。逃げられないのがさらにつらい。早く終わることを願っています。
本当にざっくばらんな記事になってしまいました。トピックごとにまとめられたらまとめます。特に一瀬グレンについては言いたいことが多すぎる。気が休まらないので、最近はコミックも小説も読み返していません。開いたら情緒がバラバラになってしまう。ドラマCDやアニメにも手を付けたいのですが、勇気が出ません。声なんて聞けない(めんどくさいオタク)。
以上、最近の話でした!!!(無理やり締めます)
『荒地』と91Daysの関連性について~友人完走記念~
まだ考えがまとまっていないため、箇条書きになっています。なんとなく関連していそうな個所を抜き書きしただけです。こじつけもいいところ。
本家の『荒地』の解釈は一応踏まえていますが、あくまで91Daysに即して考えているので違う考え方をしている個所もあります。ご了承ください。
そして、ところどころ友人の感想も入れています。全体を通して振り返っている感じです。
Ⅰ 死者の埋葬
四月は最も残酷な月、死んだ土から
ライラックを目覚めさせ、記憶と
欲望をないまぜにし、春の雨で
生気のない根をふるい立たせる。
アヴィリオの誕生日は四月(確かノベライズに書かれていたはず)。そして、手紙が来たのは雨の降る日だった。これも四月だったらと思うとわくわくしちゃいますね。妄想ですが。ここからすべてが始まった。「復讐を完遂してほしい」と友人も願っていて、血より濃いつながりを感じました。さすが私の友人……。
この部分との関連は当時も話題になっていました。何を隠そう、私はこの一文を見て『荒地』の購入を決めたので……。結果的に冒頭のみならず、様々な個所と関連していると気づけました。
――でも、ぼくたちがヒアシンス園から晩く帰ったとき
きみは両腕に花をかかえ、髪をぬらし、ぼくは口が
きけず、目はかすみ、生きているのか死んでいるのか
なんにもわからなかった。
生きているのか死んでいるのか。これはアヴィリオくんです。そのまんま。でもコルテオも当てはまるのではないかとぼんやり思っている。母を亡くし、アンジェロの生死は不明。そんな中生きては来たけれど、なんだか死んでいるみたいな。あの日の出来事が強く染みついていたのは、コルテオも同じな気がする。
光の中心を凝視したまま、静寂。
海ハスサンデ寂シイ眺メ。
最終話に至る道のり。海での終わりは本当にずるい。『荒地』において水は特に重要なものとして取り上げられており、一つのモチーフとなっている。実際、水死の章もある。
見覚えのある男を見かけ、ぼくは呼びとめた。(中略)
「去年、きみが庭に植えたあの死体、
「あれ、芽が出たかい? 今年は花が咲きそうかい?
「それとも、不意の霜で花壇がやられた?
「あ、〈犬〉は寄せつけるなよ。あいつは人間の味方だから。
「前足で掘り出しちまうからね。
「きみ! 偽善者の読者よ! わが同類、わが兄弟よ!」
この口上、アヴィリオが一人ずつ仕留めていく際に言ってるみたいで……。やあ過去からやってきたよって……。過去が追い付いてきて死に至るという展開は大好きです(関連性とは)。最後の呼びかけは視聴者であるわれわれに向けたものかもしれない。人間、みんな、偽善者。結局そうなんだよな……。これは、ラグーザ一家を肥料にして成長したヴァネッティファミリーを揶揄してるみたいに見える。「どう? ファミリーは大きくなった? あれだけの犠牲を払っておいてまさかくたばってないよね?」みたいな……。
Ⅲ 火の説教
河辺のテントは破れ、最後の木の葉の指先が
つかみかかり、土手の泥に沈んでいく。風が
枯葉色の地面を音もなく横切る。妖精たちはもういない。
ネロとのキャンプ生活を彷彿とさせる。ここのキャンプが後に生きてくるんですよね……。幸せハッピー(に見える)Day4、好きですよ。これから落としてくぞって気構えが見えるので。友人はアヴィリオの運転の荒さに笑っていました。当時の私のメモ「車をぶつける大会があったら優勝できるねアヴィリオくん!」個人的には荒い運転はわざとじゃなかろうかと思っておりました。きちんと、目当てのものに、ぶつけるのは得意だものね!(ノベライズにあった記述です)
鐘の音
白い塔、塔
ウェイアララ レイア
ウァルラアラ レイアララ
言わずもがな。鐘、です。作中で何度聞いたか分からない。祝福の、追悼の、そして誕生の音楽。
Ⅴ 雷の言ったこと
汗にぬれた顔を赤く照らす松明の輝きの後
庭や園を満たす冷たい沈黙の後
岩地での苦悶の後
喚き声や泣き声がして
牢獄と宮殿、そして遠く見はるかす
山々に、とどろく春雷の響き
生きていた者は今は死者
生きていたわれわれはいま死にかけている
わずかばかりの忍耐を示しつつ
劇場でのクライマックスシーンを経た、あとの状況。12話の旅路。残されたのは2人だけ。行く当てもなく、希望もなく。死にかけの2人が行きつく先は、海。焚き火のあとは、アンジェロがそのまま育っていたらこうだったのかなってくらい吹っ切れてて、本当、好きですね。4年前と同じこと書いてる気がしますけど。海は地球の生命の始まり。人間がそこへ還ろうとするのは道理なのかなと思っています。私事ですが、このころから水葬に心惹かれ続けていたのがついに丸一冊水葬をテーマにした本を作りました。阿呆ですね。
ぼくは岸辺に座って
釣りをしていた。背後には乾いた平原が広がっていた
せめて自分の土地だけでもけじめをつけてきましょうか?
ロンドン・ブリッジが落っこちる落っこちる落っこちる
ソレカラ彼ハ浄火ノ中ニ姿ヲ消シタ
イツカワタシハ燕ノヨウニナレルダロウ――おお、燕、燕
廃墟ノ塔ノ、アキタニア公
これらの断片を支えに、ぼくは自分の崩壊に抗してきた
では、おっしゃるようにいたしましょう。ヒエロニモふたたび狂う。
ダッタ。ダヤヅワム。ダミヤタ。
シャンティ シャンティ シャンティ
この部分の解説は、岩波文庫を読んでくださいとしか言いようがないです。とても詳しい注解がついているので……。『荒地』という作品の結末ですが、アヴィリオの結末にとてもふさわしい言葉なような気がして……。結局はコルテオのように(自分のように)ファミリーという強大な暴力によってこの世が地獄になってしまった子どもたちすべての復讐、みたいになりましたね。本人は最初から最後まで自分のために行動してきましたが。LAWLESSから無法者は消え、禁酒法の終わりと共にマフィアの勢力は一気に落ちていく。
すでに4年前の感想と重複しますが、これは救済の物語であると考えています。だからこの『荒地』のフレーズが合う。「ダッタ、ダヤヅワム、ダミヤタ」とはヒンドゥー教の経典の注釈書からとられていて、「与えよ、相憐れめ、己を制せよ」という意味だそうです。そして最後の3回繰り返している言葉。これもサンスクリット語で、『ウパニシャッド』の結語らしい。「知的理解を超えた平安」を祈る意があるのだとか。諸行無常を感じたのは間違いじゃなかったんだな、と思いました。
他の言葉の意味は省略しますが、気になった方はぜひT.S.エリオットの『荒地』読んでみてください。青空文庫にもあると思いますが、なにせ難解(というか引用文が多種多様)なので岩波文庫版をお勧めします。
岩波書店へのリンク
https://www.iwanami.co.jp/book/b247395.html
自殺を選ばなかった理由は、「キリスト教徒だから」じゃないかなと思っています(4年前のメモを拾いました)。腹切りが浸透していた日本と違う思想なのだろうと。それか、神を否定しても生んでくれた両親のことは否定できなかったのかなとか。
ちなみに友人がネロに対してかなり辛辣で驚きました。あまり魅力的に映らなかったのかな。「もうよくわかんない」と言っていた友人でしたが、「アヴィリオはアヴィリオの人生を選べたんだな」ということで落としどころをつけられたようです。よかったよかった。
最後はとりとめなく書いてしまいましたが、今のところはこんな感じです。他にも引用したい部分はあったのですが、しすぎるのもよろしくないので買って読んでください。以上です。
友人によって再熱してしまったため、週末は円盤で見返そうかなと考えております。買っててよかったBlu-ray。
さらに追記。ノベライズ版を参考にしましたが、読むのはお勧めしません。なぜなら人名にミスがあるからです……。あと、単純に登場人物のしぐさがすべてを物語っているのでわざわざ心象を読まなくてもいいということもあります。公式と考えをすり合わせたくて手に入れましたが、今は手元にありません。つまりアニメを見てくださいということです。資料集発売の望みはありそうにないですしね……(署名はしました)。
烈伝シリーズ総括 *ネタバレあり
ビブロンの個人的読書記録、新年第一弾です。やっとこさカカシ烈伝を読んだので、総括感想をば。
まず、それぞれの印象から。
カカシ→戦記ファンタジー。たとえるなら守り○シリーズみたいな感じ。
サスケ→○リ○ッド映画。たとえるなら○ュラシッ○パーク。
ナルト→劇場版NARUTO。映画化するならこれ。
全体的に「読める」というのが第一印象。何様だと思われるかもしれませんが、ノベライズにはひどいものもあるので、この点はとても良かったなと思います。小説という媒体に合った描写が盛り込まれていて、ノベライズの特性をしっかり生かせているなと。
個人的にはカカシ烈伝が一番好きです。少年王子のナナラが王族としての意識を確立していく過程がていねいに描かれていて、すっかりナナラくんのファンになりました。六代目ファンこじらせてて、七代目からの手紙に驚くのがかわいい。特に、飢えた少女に宝石を渡すくだりが好きです。美談にせず、その行動が少女を傷つけることになったと自覚させることで、本当に民のためになることは何かを考えさせる、良いシーンでした。人間の暗部をしっかり描き切ることで、物語に深みが出ていると感じました。
カカシ烈伝でびっくりしたのが、サクモさんが亡くなったときのことを思い返すシーン。通夜に読経ときて、葬儀は仏教式であることに驚きました。そうだ、お寺あったもんな……。葬儀の仕方は考えたことがなかったので新鮮でした。
火遁・水霧はずるい。炎の鳥なんてかっこよくないはずがない……。五十人切り(切ってはいない)も好きです。なんとなく、霧の国編を思い出しました。イナリに諭すシーンとか波の国の人々が立ち上がるシーンとかと似ている気がする。最初に「カカシ先生かっこいい!」となるエピソードなので、重なりが見えて楽しかったです。
それにしても、個人で動くカカシ先生の姿はあまり見ないので、やっぱり元暗部は伊達じゃないなと改めて感心しました。いやあ、かっこいいですね。そして「先生」ですね……。
ところで終章で酔っ払ってるサイがかわいくないですか? めっちゃかわいい。美人夫婦と称されているサイいの夫婦がかわいい。突然出てくるのは反則だと思います。
ナナラくんがかわいいのでこれからの列陀国が気になってしょうがない。プライベートでこっそり訪れた六代目を見つけて無理やり王宮に招く話とか転がってませんか……。相談役にさせられそうになってあわてて逃げるカカシ先生とか、見たいですね。ナナラくんはボルトとかと同年代なんだろうか。復興の手伝い任務とかで派遣させられないかな……。絶対喧嘩しそう。「なんだ子供じゃないか」とか言ってさ……。ナナラくんも子供だからね……。
閑話休題。
カカシ烈伝は、カカシ先生の話、というよりはナナラの成長物語となっていて、NARUTO世界をうまく生かしたノベライズだなと思いました。私はこういうものを求めていた。キャラも好きですが、何より作品世界が好きなのでそれが広がるノベライズはガンガン出して欲しいです。キャラ小説より読み応えありますし……。一つの物語として面白かったです。
そういえば列陀国は南米かな? と以前書きましたが、食べ物や文化を見るにチベット周辺がモデルっぽいですね。なるほどそれは化石も出るわけだ。
ということでサスケ烈伝の話。一番に読んだのに感想を書かなかったわけは、直後にナルト烈伝を読んでしまったからです。
序章から読者を殺しに来ている。分かってはいるけれど、いざ描写されると打ちのめされますね。そうだ、そういう男だった。別にイケメンが好きというわけではないのであまり認めたくはないのですが、私はサスケが一番好きなのではないかと最近気づきました。大きな声では言いたくないのですが。認めたくなさ過ぎて、「好きなんでしょう?」と詰問される夢を見たことがあります。(結局やけくそになって「好きです」と言ったところで目が覚めた)
閑話休題。
サクラちゃんも加わって、謎解き。頭脳的なことはこの二人得意だからな、とか思っていたら急に独占欲でますねサスケさん。普段離れているから気づいていなかったのか。サクラちゃんも美人だということに……。個人的にはサスサクは他の夫婦観とは違う関係を築いていると思っているので、一概には言えないんじゃないかと思っています。サスケの場合、帰る家は木ノ葉にあるけれど木ノ葉が帰る場所であるかというと少し違うような気がするので……。この話は複雑になりそうなのでやめます。
問題は後半ですよ。竜獣あたりから嫌な予感はしました。まさか○ュラシッ○パーク始まるとは思わないじゃないですか……。サスケさんが○ツ○ロウさん並に琥珀を手懐けたときは大笑いしてしまいました。すみません。動物とは相性がよいサスケ……。アニナルで鷹を撫で撫でしていたシーンは目に焼き付いてます。悪役がしょうもないミスで自滅するところも○リ○ッド映画っぽいなあと思ってしまった。
でも、まさか穢土転生イタチさんに会ったときの気持ちを聞ける日が来るとは思わなかったですね……。あと205ページにとんでもないこと書いてありますよね……。さらっと書いてあるけど衝撃でしたよ私には。あのときにはすでに巨大感情があったと認めてるようなものじゃないですか……。「理性も理屈も超えた場所で」じゃないよ!
サスケ烈伝は、二人のためにナルトが尽くした原作とは逆で、ナルトのために二人が動いているのが印象的でした。いや、こんな日が来るとは……。感無量ですね……。
あと、何回かサスサクが夫婦みたいだと思っていました。みたいじゃなくて実際に夫婦なんですよね……。すごい……。
終章。いやほんとナナラかわいいな……。カカシ烈伝読んだあとに読み返すとしみじみ思ってしまう。マーゴとジジ、無事に会えてよかった。本当、よかった。サスケのかっこよさに慣れなかったり、おばあちゃんになったときのことを想像していたりするサクラちゃんがかわいくていけない。料理をふるまうサラダちゃんが明らかにサスケを意識していてかわいい。222ページは心のオアシスです。
ナルト烈伝についてはさんざん騒いだのでもう何も言いません。
烈伝シリーズは「赤の他人から見たキャラクター」を意識しているのか、オリキャラやモブからの視点が多い気がします。だからこそ改めてキャラクターの魅力が分かって面白い。全部オリキャラ視点の話とか読んでみたい気もする。あの世界観、まだまだ生かせるのでもっと広げて欲しいなと思います。過去編もあっていいんだよ……。やぐらさんが水影になった経緯とか、うずまき一族の話とか……。小説版はゴリゴリに重くていいと思います!(個人的好み)
このシリーズは、見たい世界のその上、予想を越えたものを見せてくれました。いいもの読んだなという気持ちです。NARUTOという作品の世界観が好きなら読んで損はしないと思います。
本当にありがとうございました!
ナルステ2019暁の調べ 感想~理性と感情に挟まれて死ぬ~*ネタバレたくさんあります
ナルステ、4年ぶりに見に行きました。一部初演からいろいろすっとばしていたので、楽しみ半分不安半分な気持ちでした。ナルボルライブで少し見ていたとはいえ、歌が入るということが想像できなかったんですよね。ミュージカルじゃないからという理由で初演見に行ったようなものだったので、ドキドキしながら一回目。
まず、近い。
前来た劇場が大きかった上に2階だったのもあって、舞台との近さにびびってしまった。そのせいか(?)席を一列間違えて座っていました。戸惑わせてしまって申し訳なかった……。
しょっぱなオープニングで泣いてたのでだめです。原作を持ってくるのはずるい。生演奏迫力ある……。太鼓の音でびくっとなってしまうけれども。そこでナルトが出てきてぐっとボルテージが上がる。始まりです。
始めに見た感想としては、展開が早い、でした。流れを知っている身としても、次々くる場面にあわあわしてしまった。さらにあっちこっちでいろんなことしてるものだから、目が、目が足りない。目の前の光景を受けとめることで精一杯でした。
そんな中で印象に残ったのは、サクラちゃんがマジサクラちゃんってことでしたね……。かわいいだけじゃなく、一本芯の通ったニ部のサクラちゃんでした。特に後ろ姿! あれだけ存在感があるのはすごいと思った。あとはサイのお腹ですね。ライブの時も思ったけど、お腹がサイだった(?)。ナルトの「誰だって聞いてんだ!」ドスがきいてて好きです。前見たのが一部だったのでニ部だ……と感慨深くなった。「待ってくれサスケ」のところで出るサスケが一部でちょっと感動してしまった。そういう細かいところ抑えてくれるのとても好きです。「呪い殺す」実際聞くとすこぶる恐ろしいですね。狂気性が増して聞こえる。
はい来た再会シーン。あまりスパンがないからかあっさりしていた感じはある。サスケの影がきれいだなあと思ってました。(とても薄い)いきなり「ナルトもいるのか」でサクラちゃんは呼ばなかったのが少し悲しい。ナルトの精神世界に入るとこ、サスケがナルトのことを見てなかったのが気になってしまった。テレパシーでも使ってるのか……?
一幕最後の歌。あのメンツの中にカブトさんがいたのがすごい。「己を知ること」……こんなに内面さらけ出して大丈夫なんですか?? 「今までのサスケくんとは違うんだよ?」子どもをあやしてるみたいな言い方ですごく好き。「あんな姿になっても~」とは言ってるけど、このときのナルトの願いのためならどうなってもいいスタイルを見て、大蛇丸様取り込んだんだよな……たぶん。歌に戻るが、ここの不協和音がバラバラな目的そのものを表しているようで好きです。歌、いけるじゃんと思ったのはこのへんから。サスケパートが耳について離れなかった記憶。
二幕です。まさかそこから来るとは思ってなかった。おっかなびっくり見てました。ナルトの「サクラちゃんと同じ空気吸えてるだけで幸せ!」聞き間違いかと思った。誰も何も言わなくて、幻聴かなって……。ちゃんと言ってましたね。限界オタクか。
修行ナルトくんが頑張ってるのがかわいくて……。「だってばよ♪」にやられた。ドスのきいた声とのギャップ……。
ここからあまり記憶がないので飛び飛びです。二回目以降ようやく落ち着いて見られたというか、なんというか。水月が水月だったとか香燐ちゃんがかわいかったとか頭の悪い言葉しか出てこない。
一番印象に残っていたのは、木ノ葉と蛇と暁と三つ巴になっていた「探し出せ~♪」のところ。縦横無尽にすれ違うのがニ部前半全体を表している気がして大好きな演出です。一言で言えば、クソデカ感情一方通行状態。どの想いも正しく行きつくことがないむなしさとやるせなさが詰まっている。
デイダラ戦はハイスピードで気づいたら終わってましたね……。
兄弟戦の記憶もあいまいで、「いい感じだなオイ」と「クソが!」のことしかメモにない。あと個人的に麒麟は大好きな術なので出るとニコニコしてしまいます。
イタチさんは問答無用で好きなので、いろいろしんどかったですね……。受けとめることで精一杯だった。本当に。ナルトとイタチさんの会話というのがすこぶる好きで、ラストのラストにそれを持ってくるか……と構成のよさにやられました。「サスケを兄弟のようだと言ったな」の声が優しくて優しくて……。
「命より大切な~♪」はじめ聞いたときびっくりしてしまった。52巻ですか?? 一人で生き抜くより仲間が、サスケが大事なんだな……。そういうところだぞ。原作でもそうだけれど片思い感増し増しでしたね。
光追いかけてもカテコも最高でした……。ヤマトとサイがわちゃわちゃしていた。サスケ踊るときその位置なのね。個人的にびっくりした。あ、そこなんだ……。
もっといろいろあったはずなのに、一回目はこんな記憶しかなかった。照明のスモークが上品で、素敵だなという謎の視点。ほんとうにきれいだった、照明。
見終えたあと、なぜだか絆が見たくなって次の日見てしまったのは別の話です。そして次の週の当日券を買った。
タイトルをそろそろ回収しなければならない。理性という名の自己解釈こじらせ原作厨が現れてしまったのです。見た直後は多幸感にあふれていて気にならないのですが、日数が経つとところどころの解釈違いに悩まされました。とはいえもう一度見たいという気持ちは冷めず、結局二回目劇場入りするのですが。
ただ、この二回目がけっこう苦しかった。前の日に原作を読み返したのもあるんでしょうね。展開が分かっている分、冷静に見てました。
2階で全体がよく見えたこともあり、技術面に目が向いていた気がします。照明と音がきっちり合うとすごく気持ちがいいですね……。特にオープニングのサスケのところで一瞬止まってまた動き出すところ。照明がバチっと決まってて鳥肌立ちそうになりました。オートかもしれないけれど、すごい。ここは舞台上の照明でここはピン、とかよく分かりましたね。舞台上ののみだと一幕ラストみたいに影ができてかっこいいんですよね~。客席側の照明は、舞台上がより暗くなる効果があって、うまく利用してるなと思いました。
サスケの殺陣がすごくきれいでした……。所作に無駄がないというか。鞘に入れるまでがスムーズで、美しいなと。ちょっとかじったことありますが、あれ、きれいに入れるのなかなか難しいんですよ……。
記憶があいまいだった二幕から。「同じ空気吸えるって~」二回目ですが奥さん? 今回は反応もらえてたよかった。
重吾のところに行く前、突然座り込んでうなだれるからびっくりしてしまった。休憩中ね……。水月が寝転んで、それを叩き起こす香燐ちゃんがかわいかったし、そのあと手を払ってて演技が細かい、と思った。
キバにバンバン背を叩かれてるナルト……。わちゃわちゃしてたからデイダラさんあんまり見れてません。一番目立つ所でしてたのに、香燐ちゃんとサクラちゃんがすれ違うのを二回目にして初めて見た……。前回何をしてたんだ私は。
「なぜお前がサスケの服を持ってる」「なぜお前が」不覚にも笑ってしまった。前回は2回言ってなかったはず……。
一番しんどかったのは、ナルトとイタチさんのラストの会話です。1週間前は優しかった声が涙をこらえてるような声になってるんですけど?! どうしよう感情だだ漏れだよと放心してしまった。どうしたの? という気持ちでいっぱいだった。強い感情に感化されて泣いてしまったのだけれど、理性が、理性が違うと訴えていてかなり板挟みでしたね。
どこが解釈違いだったかの話をしよう。どこというより全体なのですが、舞台という特性上感情をのせる場であるから仕方ないとは分かっていても、淡々とした声のところに感情がのっているのがちょっと辛かった。考えさせるより感じさせるがメインだと分かっているので否定するつもりはありません。あくまで個人的な思いです。一番しんどいのはサスケが最後泣くシーン。声を上げるのは、まだ許せる。けどうずくまって泣くのは私の理性が許さないのです。すまない……。強くあろうとする姿勢は崩さないでほしい。人一倍強がりなサスケであってほしいんだ……。
これだけ言っておいて、もう行かないとなるかといえばそうではないから不思議。苦しむと分かっていて行く私はマゾなのでは? でも、見届けたい気持ちは強くて、今日千秋楽行きました。ライビュですが。
三回目にしてオープニング、ナルトを避けるサスケに気づく。私の目は節穴か? ここまでくると自分の目が信じられなくなってくる。見回しすぎて何も見えていないパターンですね。
実は一部初演で見たとき忘れられないシーンがあるんですけどDVDでは変わっていて、私の記憶違いか否か判別できずにいます。サスケがナルトを覗きこむシーン、原作どおりでした? 教えて梅田で見た人……。
閑話休題。
オープニングのサスケの位置もそこか……。などと思ってました。
ナルトの「お前とだって組んでやる」、前は感情こもってた気がするけど今回静かでしたね……。好きです。サスケの「だが」と「くれてやる」、杉山さんぽさがあって静かに興奮していました。
カブトさんのポニーテール、首回り高いから正面から見ると原作のしっぽに近いことに気づきました。まさかそこまで計算している、ことはないと思うけど……。
あとこれはライビュ特有なのでしょうが、舞台が明るい状態でスクリーンに投影された映像が見えづらい。舞台が暗いと気にならないのでたぶん光源の弱さが原因かなと。
二幕。
「一つ言っとくことがある。オレのサクラちゃんへの愛はとどまることを知らない」よっナルト! ってなってしまった。どこで覚えたのそんな言葉……。殴られてる時とか修行でぐったりした時とか細かいところでちょこちょこ言ってるのがすごくかわいかった……。
デイダラ戦終えたあとのサスケ「思った以上のやり手でな」(原作はこのセリフだけど「なかなかのやり手だった」かもしれない。あやふや)前は悔しそうな感じで言ってたところが淡白でよかったな。
三回見ただけなのにここまで違いがあるとは思っていませんでした。四回五回行った人はもっと違いを見ているんだろうな……。舞台通いが癖になる気持ちが分かる気がします。
今回イタチさん感情だだ漏れだった気がする。今まで以上に。サスケが泣きながら歌ってるところにかぶせる歌声も泣き声っぽかったし、「これで最後だ」そんなに泣いてたっけ……。いや泣いてない気がする。もしかして公演を経るごとに感情を上乗せしてる? なんか、こう、理性を押しのけていく強い感情の波に押し流されてしまって頭が真っ白になってしまった。そんな人間味のある生々しい表情を見せられると、こう、生身の人間が演じている舞台ならではって感じですごいな……。絵にすると興ざめになりそうなところをこうまで客を乗せてくるとは……。うまいな……。
ナルトとの会話も、泣きそうってレベルじゃないよ泣いてるよ。つらいよ。
私なりに思ったこととして、舞台は原作で押し隠していた感情を表現した結果なのかなと。一解釈ではあるけれど、内心をさらけ出した生の人間、うちはイタチがそこにはいた。ああ、これはNARUTOと言いつつ、うちはイタチという男の生き様の物語だなと思ってしまった。
カテコの話。とても細かいことだけれど、あいさつの時イタチさんが「カカシさん」呼びしてた(してた、よね? 不安だ)のが好きで。舞台上では会話がなかったのが悔やまれる。「絶対ないから」と言ってたけど58巻とか61巻とかをやれば……。「鷹をやりたい」と言ってた流司さんの言葉が嬉しかった。一部の千秋楽の時もニ部やりたいって言ってましたね。「『雷鳴と共に散れ』とか『この目は闇がよく見える』とか言いたい」と。前者は叶ったのであとは後者ですね……。
私、個人的には広大くんの成長がすごくてびっくりしたんですよ。実は同い年なのでとても親近感があって、ついくん付けしてしまうのですが。なんだか4年の間に貫録がついていて、本当すごいなあって……。
ナルステ、理性と感情に挟まれて苦しみつつも見に行ってしまったのは、ひとえにスタッフさんとキャストさんの頑張りを見てしまったからでもあります。本当に努力していることが伝わってきて、それだけで泣きそうになる。「サスケが200公演目」と流司さんが言っていたけれど、それが確かなら七班とあと大蛇丸様も200公演ということでは……? そう思うと感慨深いですね。残念ながら間は見れていないのですが。
なんかこう、いろいろ思うけれど、結局は好きだなあという気持ちに帰結してしまう。好き勝手言ってごめんなさい。それでも私はナルステが大好きです! 本当にありがとうございました!! 中国公演も応援しています。
12月8日追記:帰り道に「忍び耐える者に~」を口ずさんでいてふっと思ったこと。これ、自来也さんの言葉じゃん……。今まで気づかなかった自分が馬鹿だ。あの舞台にはいなかったけれど、こういうところで意志が生きてるの最高だなって思いました。立場は違えど、「後に託す」という選択をしたイタチさんは最後まで木ノ葉の忍だったんだなとしみじみ思いましたね……。
個人的な兄弟姉妹観について
突然ですが、私は兄弟姉妹の間の感情が好きです。特に天才だけど何よりも弟を大事にしている兄と、ブラザーコンプレックスになっている秀才弟とかすごく好きです。一気に限定されてしまいましたね。そうですあの兄弟です。
好きではありますが、なぜか語りたいとか考察しようとか思ったことがありません。それはたぶん、自分のことは棚に上げていい道を進んでもらいたい、なんでもしてやりたい、という兄の気持ちも「兄弟だから」で納得できてしまうからです。単純すぎるかもしれませんが。
ここからは私個人の話になります。この考え方をするようになったのは、私に年の離れた弟がいることも関係していると思っています。兄と姉じゃかなり違いますけど、実際にいると理解できてしまうんですよね……。親よりは弟です。親は先にいなくなってしまうと覚悟できていますが、弟は私より長生きすると信じてますから……。
つまり、私の方が先に死ぬと分かっているので、自然と一人で生きていけるようにという思いになってきます。私のことはいいから友達作って楽しく生きてくれ……という気持ちですね。甘えてくるのは嬉しいですが、そんなんでこれからやっていけるのか? なんて心配が強いわけです。私は私の人生がありますし……。だから友達と元気に遊んでいる姿を見るとほっとします。
これはあくまで私の場合ですが、なぜと聞かれたら「弟だから」なんですよね。それ以外に説明がつかない。だからか、兄弟姉妹の関係を見ていると「ああ、兄弟だもんな」と納得してしまうのです。
ただのブラコンの妄言になってしまいました。すべての兄姉がこんな気持ちを持っているとは限りません。そしてこれからもこういった関係が続くとは限りません。今だからこその思いかもしれない、と感じたのですこしまとめてみました。
「なにしたってどうしたって姉弟なのは変わらないのだから、言いたいことは言えばいい」
昔父親に言われた言葉です。血の繋がりとはとても濃いものだと改めて感じました……。