とかげ手帳

手帳の中身のおすそわけ

烈伝シリーズ総括 *ネタバレあり

 ビブロンの個人的読書記録、新年第一弾です。やっとこさカカシ烈伝を読んだので、総括感想をば。

 まず、それぞれの印象から。
カカシ→戦記ファンタジー。たとえるなら守り○シリーズみたいな感じ。
サスケ→○リ○ッド映画。たとえるなら○ュラシッ○パーク。
ナルト→劇場版NARUTO。映画化するならこれ。
 全体的に「読める」というのが第一印象。何様だと思われるかもしれませんが、ノベライズにはひどいものもあるので、この点はとても良かったなと思います。小説という媒体に合った描写が盛り込まれていて、ノベライズの特性をしっかり生かせているなと。
 
 個人的にはカカシ烈伝が一番好きです。少年王子のナナラが王族としての意識を確立していく過程がていねいに描かれていて、すっかりナナラくんのファンになりました。六代目ファンこじらせてて、七代目からの手紙に驚くのがかわいい。特に、飢えた少女に宝石を渡すくだりが好きです。美談にせず、その行動が少女を傷つけることになったと自覚させることで、本当に民のためになることは何かを考えさせる、良いシーンでした。人間の暗部をしっかり描き切ることで、物語に深みが出ていると感じました。
 カカシ烈伝でびっくりしたのが、サクモさんが亡くなったときのことを思い返すシーン。通夜に読経ときて、葬儀は仏教式であることに驚きました。そうだ、お寺あったもんな……。葬儀の仕方は考えたことがなかったので新鮮でした。
 火遁・水霧はずるい。炎の鳥なんてかっこよくないはずがない……。五十人切り(切ってはいない)も好きです。なんとなく、霧の国編を思い出しました。イナリに諭すシーンとか波の国の人々が立ち上がるシーンとかと似ている気がする。最初に「カカシ先生かっこいい!」となるエピソードなので、重なりが見えて楽しかったです。
 それにしても、個人で動くカカシ先生の姿はあまり見ないので、やっぱり元暗部は伊達じゃないなと改めて感心しました。いやあ、かっこいいですね。そして「先生」ですね……。
 ところで終章で酔っ払ってるサイがかわいくないですか? めっちゃかわいい。美人夫婦と称されているサイいの夫婦がかわいい。突然出てくるのは反則だと思います。
 ナナラくんがかわいいのでこれからの列陀国が気になってしょうがない。プライベートでこっそり訪れた六代目を見つけて無理やり王宮に招く話とか転がってませんか……。相談役にさせられそうになってあわてて逃げるカカシ先生とか、見たいですね。ナナラくんはボルトとかと同年代なんだろうか。復興の手伝い任務とかで派遣させられないかな……。絶対喧嘩しそう。「なんだ子供じゃないか」とか言ってさ……。ナナラくんも子供だからね……。
 閑話休題
 カカシ烈伝は、カカシ先生の話、というよりはナナラの成長物語となっていて、NARUTO世界をうかく生かしたノベライズだなと思いました。私はこういうものを求めていた。キャラも好きですが、何より作品世界が好きなのでそれが広がるノベライズはガンガン出して欲しいです。キャラ小説より読み応えありますし……。一つの物語として面白かったです。
 
 そういえば列陀国は南米かな? と以前書きましたが、食べ物や文化を見るにチベット周辺がモデルっぽいですね。なるほどそれは化石も出るわけだ。
 ということでサスケ烈伝の話。一番に読んだのに感想を書かなかったわけは、直後にナルト烈伝を読んでしまったからです。
 序章から読者を殺しに来ている。分かってはいるけれど、いざ描写されると打ちのめされますね。そうだ、そういう男だった。別にイケメンが好きというわけではないのであまり認めたくはないのですが、私はサスケが一番好きなのではないかと最近気づきました。大きな声では言いたくないのですが。認めたくなさ過ぎて、「好きなんでしょう?」と詰問される夢を見たことがあります。(結局やけくそになって「好きです」と言ったところで目が覚めた)
 閑話休題
 サクラちゃんも加わって、謎解き。頭脳的なことはこの二人得意だからな、とか思っていたら急に独占欲でますねサスケさん。普段離れているから気づいていなかったのか。サクラちゃんも美人だということに……。個人的にはサスサクは他の夫婦観とは違う関係を築いていると思っているので、一概には言えないんじゃないかと思っています。サスケの場合、帰る家はノ葉にあるけれど木ノ葉が帰る場所であるかというと少し違うような気がするので……。この話は複雑になりそうなのでやめます。
 問題は後半ですよ。竜獣あたりから嫌な予感はしました。まさか○ュラシッ○パーク始まるとは思わないじゃないですか……。サスケさんが○ツ○ロウさん並に琥珀を手懐けたときは大笑いしてしまいました。すみません。動物とは相性がよいサスケ……。アニナルで鷹を撫で撫でしていたシーンは目に焼き付いてます。悪役がしょうもないミスで自滅するところも○リ○ッド映画っぽいなあと思ってしまった。
 でも、まさか穢土転生イタチさんに会ったときの気持ちを聞ける日が来るとは思わなかったですね……。あと205ページにとんでもないこと書いてありますよね……。さらっと書いてあるけど衝撃でしたよ私には。あのときにはすでに巨大感情があったと認めてるようなものじゃないですか……。「理性も理屈も超えた場所で」じゃないよ! 
 サスケ烈伝は、二人のためにナルトが尽くした原作とは逆で、ナルトのために二人が動いているのが印象的でした。いや、こんな日が来るとは……。感無量ですね……。
 あと、何回かサスサクが夫婦みたいだと思っていました。みたいじゃなくて実際に夫婦なんですよね……。すごい……。
 終章。いやほんとナナラかわいいな……。カカシ烈伝読んだあとに読み返すとしみじみ思ってしまう。マーゴとジジ、無事に会えてよかった。本当、よかった。サスケのかっこよさに慣れなかったり、おばあちゃんになったときのことを想像していたりするサクラちゃんがかわいくていけない。料理をふるまうサラダちゃんが明らかにサスケを意識していてかわいい。222ページは心のオアシスです。

 ナルト烈伝についてはさんざん騒いだのでもう何も言いません。
 
 烈伝シリーズは「赤の他人から見たキャラクター」を意識しているのか、オリキャラやモブからの視点が多い気がします。だからこそ改めてキャラクターの魅力が分かって面白い。全部オリキャラ視点の話とか読んでみたい気もする。あの世界観、まだまだ生かせるのでもっと広げて欲しいなと思います。過去編もあっていいんだよ……。やぐらさんが水影になった経緯とか、うずまき一族の話とか……。小説版はゴリゴリに重くていいと思います!(個人的好み)
 このシリーズは、見たい世界のその上、予想を越えたものを見せてくれました。いいもの読んだなという気持ちです。NARUTOという作品の世界観が好きなら読んで損はしないと思います。

 本当にありがとうございました!

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ナルステ2019暁の調べ 感想~理性と感情に挟まれて死ぬ~*ネタバレたくさんあります

 ナルステ、4年ぶりに見に行きました。一部初演からいろいろすっとばしていたので、楽しみ半分不安半分な気持ちでした。ナルボルライブで少し見ていたとはいえ、歌が入るということが想像できなかったんですよね。ミュージカルじゃないからという理由で初演見に行ったようなものだったので、ドキドキしながら一回目。

 まず、近い。

 前来た劇場が大きかった上に2階だったのもあって、舞台との近さにびびってしまった。そのせいか(?)席を一列間違えて座っていました。戸惑わせてしまって申し訳なかった……。

 しょっぱなオープニングで泣いてたのでだめです。原作を持ってくるのはずるい。生演奏迫力ある……。太鼓の音でびくっとなってしまうけれども。そこでナルトが出てきてぐっとボルテージが上がる。始まりです。

 始めに見た感想としては、展開が早い、でした。流れを知っている身としても、次々くる場面にあわあわしてしまった。さらにあっちこっちでいろんなことしてるものだから、目が、目が足りない。目の前の光景を受けとめることで精一杯でした。

 そんな中で印象に残ったのは、サクラちゃんがマジサクラちゃんってことでしたね……。かわいいだけじゃなく、一本芯の通ったニ部のサクラちゃんでした。特に後ろ姿! あれだけ存在感があるのはすごいと思った。あとはサイのお腹ですね。ライブの時も思ったけど、お腹がサイだった(?)。ナルトの「誰だって聞いてんだ!」ドスがきいてて好きです。前見たのが一部だったのでニ部だ……と感慨深くなった。「待ってくれサスケ」のところで出るサスケが一部でちょっと感動してしまった。そういう細かいところ抑えてくれるのとても好きです。「呪い殺す」実際聞くとすこぶる恐ろしいですね。狂気性が増して聞こえる。

 はい来た再会シーン。あまりスパンがないからかあっさりしていた感じはある。サスケの影がきれいだなあと思ってました。(とても薄い)いきなり「ナルトもいるのか」でサクラちゃんは呼ばなかったのが少し悲しい。ナルトの精神世界に入るとこ、サスケがナルトのことを見てなかったのが気になってしまった。テレパシーでも使ってるのか……?

 一幕最後の歌。あのメンツの中にカブトさんがいたのがすごい。「己を知ること」……こんなに内面さらけ出して大丈夫なんですか?? 「今までのサスケくんとは違うんだよ?」子どもをあやしてるみたいな言い方ですごく好き。「あんな姿になっても~」とは言ってるけど、このときのナルトの願いのためならどうなってもいいスタイルを見て、大蛇丸様取り込んだんだよな……たぶん。歌に戻るが、ここの不協和音がバラバラな目的そのものを表しているようで好きです。歌、いけるじゃんと思ったのはこのへんから。サスケパートが耳について離れなかった記憶。

 二幕です。まさかそこから来るとは思ってなかった。おっかなびっくり見てました。ナルトの「サクラちゃんと同じ空気吸えてるだけで幸せ!」聞き間違いかと思った。誰も何も言わなくて、幻聴かなって……。ちゃんと言ってましたね。限界オタクか。

 修行ナルトくんが頑張ってるのがかわいくて……。「だってばよ♪」にやられた。ドスのきいた声とのギャップ……。

 ここからあまり記憶がないので飛び飛びです。二回目以降ようやく落ち着いて見られたというか、なんというか。水月水月だったとか香燐ちゃんがかわいかったとか頭の悪い言葉しか出てこない。

 一番印象に残っていたのは、木ノ葉と蛇と暁と三つ巴になっていた「探し出せ~♪」のところ。縦横無尽にすれ違うのがニ部前半全体を表している気がして大好きな演出です。一言で言えば、クソデカ感情一方通行状態。どの想いも正しく行きつくことがないむなしさとやるせなさが詰まっている。

 デイダラ戦はハイスピードで気づいたら終わってましたね……。

 兄弟戦の記憶もあいまいで、「いい感じだなオイ」と「クソが!」のことしかメモにない。あと個人的に麒麟は大好きな術なので出るとニコニコしてしまいます。

 イタチさんは問答無用で好きなので、いろいろしんどかったですね……。受けとめることで精一杯だった。本当に。ナルトとイタチさんの会話というのがすこぶる好きで、ラストのラストにそれを持ってくるか……と構成のよさにやられました。「サスケを兄弟のようだと言ったな」の声が優しくて優しくて……。

 「命より大切な~♪」はじめ聞いたときびっくりしてしまった。52巻ですか?? 一人で生き抜くより仲間が、サスケが大事なんだな……。そういうところだぞ。原作でもそうだけれど片思い感増し増しでしたね。

 光追いかけてもカテコも最高でした……。ヤマトとサイがわちゃわちゃしていた。サスケ踊るときその位置なのね。個人的にびっくりした。あ、そこなんだ……。

 もっといろいろあったはずなのに、一回目はこんな記憶しかなかった。照明のスモークが上品で、素敵だなという謎の視点。ほんとうにきれいだった、照明。

 見終えたあと、なぜだか絆が見たくなって次の日見てしまったのは別の話です。そして次の週の当日券を買った。

 

 タイトルをそろそろ回収しなければならない。理性という名の自己解釈こじらせ原作厨が現れてしまったのです。見た直後は多幸感にあふれていて気にならないのですが、日数が経つとところどころの解釈違いに悩まされました。とはいえもう一度見たいという気持ちは冷めず、結局二回目劇場入りするのですが。

 ただ、この二回目がけっこう苦しかった。前の日に原作を読み返したのもあるんでしょうね。展開が分かっている分、冷静に見てました。

 2階で全体がよく見えたこともあり、技術面に目が向いていた気がします。照明と音がきっちり合うとすごく気持ちがいいですね……。特にオープニングのサスケのところで一瞬止まってまた動き出すところ。照明がバチっと決まってて鳥肌立ちそうになりました。オートかもしれないけれど、すごい。ここは舞台上の照明でここはピン、とかよく分かりましたね。舞台上ののみだと一幕ラストみたいに影ができてかっこいいんですよね~。客席側の照明は、舞台上がより暗くなる効果があって、うまく利用してるなと思いました。

 サスケの殺陣がすごくきれいでした……。所作に無駄がないというか。鞘に入れるまでがスムーズで、美しいなと。ちょっとかじったことありますが、あれ、きれいに入れるのなかなか難しいんですよ……。

 記憶があいまいだった二幕から。「同じ空気吸えるって~」二回目ですが奥さん? 今回は反応もらえてたよかった。

 重吾のところに行く前、突然座り込んでうなだれるからびっくりしてしまった。休憩中ね……。水月が寝転んで、それを叩き起こす香燐ちゃんがかわいかったし、そのあと手を払ってて演技が細かい、と思った。

 キバにバンバン背を叩かれてるナルト……。わちゃわちゃしてたからデイダラさんあんまり見れてません。一番目立つ所でしてたのに、香燐ちゃんとサクラちゃんがすれ違うのを二回目にして初めて見た……。前回何をしてたんだ私は。

 「なぜお前がサスケの服を持ってる」「なぜお前が」不覚にも笑ってしまった。前回は2回言ってなかったはず……。

 一番しんどかったのは、ナルトとイタチさんのラストの会話です。1週間前は優しかった声が涙をこらえてるような声になってるんですけど?! どうしよう感情だだ漏れだよと放心してしまった。どうしたの? という気持ちでいっぱいだった。強い感情に感化されて泣いてしまったのだけれど、理性が、理性が違うと訴えていてかなり板挟みでしたね。

 どこが解釈違いだったかの話をしよう。どこというより全体なのですが、舞台という特性上感情をのせる場であるから仕方ないとは分かっていても、淡々とした声のところに感情がのっているのがちょっと辛かった。考えさせるより感じさせるがメインだと分かっているので否定するつもりはありません。あくまで個人的な思いです。一番しんどいのはサスケが最後泣くシーン。声を上げるのは、まだ許せる。けどうずくまって泣くのは私の理性が許さないのです。すまない……。強くあろうとする姿勢は崩さないでほしい。人一倍強がりなサスケであってほしいんだ……。

 

 これだけ言っておいて、もう行かないとなるかといえばそうではないから不思議。苦しむと分かっていて行く私はマゾなのでは? でも、見届けたい気持ちは強くて、今日千秋楽行きました。ライビュですが。

 三回目にしてオープニング、ナルトを避けるサスケに気づく。私の目は節穴か? ここまでくると自分の目が信じられなくなってくる。見回しすぎて何も見えていないパターンですね。

 実は一部初演で見たとき忘れられないシーンがあるんですけどDVDでは変わっていて、私の記憶違いか否か判別できずにいます。サスケがナルトを覗きこむシーン、原作どおりでした? 教えて梅田で見た人……。

 閑話休題

 オープニングのサスケの位置もそこか……。などと思ってました。

 ナルトの「お前とだって組んでやる」、前は感情こもってた気がするけど今回静かでしたね……。好きです。サスケの「だが」と「くれてやる」、杉山さんぽさがあって静かに興奮していました。

 カブトさんのポニーテール、首回り高いから正面から見ると原作のしっぽに近いことに気づきました。まさかそこまで計算している、ことはないと思うけど……。

 あとこれはライビュ特有なのでしょうが、舞台が明るい状態でスクリーンに投影された映像が見えづらい。舞台が暗いと気にならないのでたぶん光源の弱さが原因かなと。

 二幕。

 「一つ言っとくことがある。オレのサクラちゃんへの愛はとどまることを知らない」よっナルト! ってなってしまった。どこで覚えたのそんな言葉……。殴られてる時とか修行でぐったりした時とか細かいところでちょこちょこ言ってるのがすごくかわいかった……。

 デイダラ戦終えたあとのサスケ「思った以上のやり手でな」(原作はこのセリフだけど「なかなかのやり手だった」かもしれない。あやふや)前は悔しそうな感じで言ってたところが淡白でよかったな。

 三回見ただけなのにここまで違いがあるとは思っていませんでした。四回五回行った人はもっと違いを見ているんだろうな……。舞台通いが癖になる気持ちが分かる気がします。

 今回イタチさん感情だだ漏れだった気がする。今まで以上に。サスケが泣きながら歌ってるところにかぶせる歌声も泣き声っぽかったし、「これで最後だ」そんなに泣いてたっけ……。いや泣いてない気がする。もしかして公演を経るごとに感情を上乗せしてる? なんか、こう、理性を押しのけていく強い感情の波に押し流されてしまって頭が真っ白になってしまった。そんな人間味のある生々しい表情を見せられると、こう、生身の人間が演じている舞台ならではって感じですごいな……。絵にすると興ざめになりそうなところをこうまで客を乗せてくるとは……。うまいな……。

 ナルトとの会話も、泣きそうってレベルじゃないよ泣いてるよ。つらいよ。

 私なりに思ったこととして、舞台は原作で押し隠していた感情を表現した結果なのかなと。一解釈ではあるけれど、内心をさらけ出した生の人間、うちはイタチがそこにはいた。ああ、これはNARUTOと言いつつ、うちはイタチという男の生き様の物語だなと思ってしまった。

 カテコの話。とても細かいことだけれど、あいさつの時イタチさんが「カカシさん」呼びしてた(してた、よね? 不安だ)のが好きで。舞台上では会話がなかったのが悔やまれる。「絶対ないから」と言ってたけど58巻とか61巻とかをやれば……。「鷹をやりたい」と言ってた流司さんの言葉が嬉しかった。一部の千秋楽の時もニ部やりたいって言ってましたね。「『雷鳴と共に散れ』とか『この目は闇がよく見える』とか言いたい」と。前者は叶ったのであとは後者ですね……。

 私、個人的には広大くんの成長がすごくてびっくりしたんですよ。実は同い年なのでとても親近感があって、ついくん付けしてしまうのですが。なんだか4年の間に貫録がついていて、本当すごいなあって……。

 ナルステ、理性と感情に挟まれて苦しみつつも見に行ってしまったのは、ひとえにスタッフさんとキャストさんの頑張りを見てしまったからでもあります。本当に努力していることが伝わってきて、それだけで泣きそうになる。「サスケが200公演目」と流司さんが言っていたけれど、それが確かなら七班とあと大蛇丸様も200公演ということでは……? そう思うと感慨深いですね。残念ながら間は見れていないのですが。

 なんかこう、いろいろ思うけれど、結局は好きだなあという気持ちに帰結してしまう。好き勝手言ってごめんなさい。それでも私はナルステが大好きです! 本当にありがとうございました!! 中国公演も応援しています。

 

12月8日追記:帰り道に「忍び耐える者に~」を口ずさんでいてふっと思ったこと。これ、自来也さんの言葉じゃん……。今まで気づかなかった自分が馬鹿だ。あの舞台にはいなかったけれど、こういうところで意志が生きてるの最高だなって思いました。立場は違えど、「後に託す」という選択をしたイタチさんは最後まで木ノ葉の忍だったんだなとしみじみ思いましたね……。

個人的な兄弟姉妹観について

 突然ですが、私は兄弟姉妹の間の感情が好きです。特に天才だけど何よりも弟を大事にしている兄と、ブラザーコンプレックスになっている秀才弟とかすごく好きです。一気に限定されてしまいましたね。そうですあの兄弟です。

 好きではありますが、なぜか語りたいとか考察しようとか思ったことがありません。それはたぶん、自分のことは棚に上げていい道を進んでもらいたい、なんでもしてやりたい、という兄の気持ちも「兄弟だから」で納得できてしまうからです。単純すぎるかもしれませんが。

 

 ここからは私個人の話になります。この考え方をするようになったのは、私に年の離れた弟がいることも関係していると思っています。兄と姉じゃかなり違いますけど、実際にいると理解できてしまうんですよね……。親よりは弟です。親は先にいなくなってしまうと覚悟できていますが、弟は私より長生きすると信じてますから……。

 つまり、私の方が先に死ぬと分かっているので、自然と一人で生きていけるようにという思いになってきます。私のことはいいから友達作って楽しく生きてくれ……という気持ちですね。甘えてくるのは嬉しいですが、そんなんでこれからやっていけるのか? なんて心配が強いわけです。私は私の人生がありますし……。だから友達と元気に遊んでいる姿を見るとほっとします。

 これはあくまで私の場合ですが、なぜと聞かれたら「弟だから」なんですよね。それ以外に説明がつかない。だからか、兄弟姉妹の関係を見ていると「ああ、兄弟だもんな」と納得してしまうのです。

 ただのブラコンの妄言になってしまいました。すべての兄姉がこんな気持ちを持っているとは限りません。そしてこれからもこういった関係が続くとは限りません。今だからこその思いかもしれない、と感じたのですこしまとめてみました。

「なにしたってどうしたって姉弟なのは変わらないのだから、言いたいことは言えばいい」

 昔父親に言われた言葉です。血の繋がりとはとても濃いものだと改めて感じました……。

『ナルト烈伝~うずまきナルトと螺旋の天命』読書記録 *ネタバレしかない 

 これはビブロンの個人的な読書記録です。読み進めるたびに幻覚を読んでいるのではないかと不安になったのでまとめた次第です。

 

注意事項

・ノベライズは公式ではありますが、解釈の一つという認識でいます。

・圧倒的七班贔屓です。

・時系列に沿うように努力はしていますが、前後しているかもしれません。

・結構つっこみどころはつっこんでいます。

・口調が荒い上に長くてうるさいです。

・『サスケ烈伝』のネタバレも含みます。

・お手元に『ナルト烈伝』をご用意していただけるとより楽しめるかと思います。

以上のことを念頭に置いて、お読みください。

 

序章


 モブ目線から始まる冒頭、好きです。いつもはキャラクター視点だからか新鮮な気持ちになります。期待されているナルトを見るだけで幸せになってしまう。護衛メンバーならぬ親衛隊だなんて思ってました。この時点で期待値が上がり、少し不安にもなる序章。

一章


 苦しみながらも里の人に悟られまいとするナルトも、家族には知られたくないという父としての矜持も、ナルトが一番信頼しているメンツも好きなのですが、46ページです。正確に言えば、42ページから47ページ。火影のためというよりナルトのために動いている気がしてならない。愛されてるな、ナルト……。「里の未来とオレの命、どっちが大事なんだよ!」この言葉から、里のためなら死ぬんだろうなというナルトの覚悟が見え隠れしている……。ここのナルトとサスケの言い合い、嬉しいような悲しいような。どんどん喝を入れてって欲しい。そしてその二人を見守る三人も好きです。序盤も序盤なのに濃い。
 あいつの代わりはいないけど、お前の代わりもいないんだぞ……。みんなのために、が強すぎて自分が守られることにいまだ慣れていないナルトにもどかしい気持ち。いい加減慣れてくれ。守られてしかるべき人だということを分かっていない……。
 現れるタイミング良すぎて見守っていたのかと疑うレベル。ここで問題発言。57ページです。
「お前が火影じゃないなら意味がない」
 この発言に悩まされました。読んだ瞬間はフリーズしてしまって何も考えられなかったのですが、一体どういう意図で言ったのだろうとぐるぐる二日ぐらい考えました。その結果、木ノ葉に必要だから、という理由以外にも何かあるのではという気持ちに行き着きます。しかし、これは願望ではないのか、本当にこれでいいのかと不安になりました。私は私を一番信用していません。
 ということで。ニ部の序盤まで読んでいて、それからあとはあらすじのみという認識の友人に意見を求める事態に。しょうもないことを一生懸命考えてくれてありがとう……。
 友人いわく「まずナルトの夢を強く尊重した上での発言だなと思う。ナルトが、一番になりたくて里の皆に認められたくて、サスケを越えようとしてきたのを一番感じてきたからこそだよね。
次に、里の長としての重みがある気がする。ナルトって元の木の葉の里だと異端児、つまりこれまで木の葉を作り上げてきた人々とは違う存在だよね、だから、これまで日陰になっていたような場所を、例えばナルトやサスケみたいな存在にも、変革をもたらすことが出来るかもしれない。自分達みたいな、被害者を出さないために。
友達としての信頼と、存在としての期待があって、自分はナルトが取り戻してくれたからここにいる、その意義を果たすってことじゃないかな!」とのことで。
 2番目の意見は思いつかなかったので、深く沁み入りました。なるほどな……。どうしても主観で覆われてしまうので、別ジャンルの友人の意見は貴重です。火影であるナルトが木ノ葉のために必要であるだけではなく、自分のためにも必要なのだという夢を見てもいいのだろうか。木ノ葉の平和はナルトがいるからこそ保たれている、とも読み取れそうな気がする。さんざんこの言葉に考えさせられて、死ぬな発言をおろそかにしてしまった。ライバルとしての言葉はそれなのかな。
 そんなサスケの思いを知ってか知らずか、それでも守られたくはないナルト……。全部が全部分かりあえているわけではないこの関係性が好きです。喧嘩して、本音言い合って、ちょっとずつ歩み寄ればいいんだ。
 ナルトとサスケに馬鹿って言えるのはサクラちゃんだけです。このタイミングで来るの好きだなあ。チャクラを使えない火影はこれから出るかもしれない。でもきっと、ナルトのなりたい火影とは違うんだろうな。いざというとき、里を守れるだけの力が欲しい。そう願って今までやってきたんだもんな。
 絵心のある大蛇丸様でシメ。一番茶にしては濃くて苦い……。

二章


 ナルトとゴーグルはアカデミー時代を思い出す。ネジの修行日誌がお宝すぎる。本選のことが書いてあって、律義で、らしいなと思った。ナルトの言葉に泣きそうになる。
 雨野ちはれ、雨のち晴れのもじりかな。メガネをかけてそう(個人的感想です)。チャクラ万能説、サスケ烈伝の時から思っていた。道教で言う「気」の概念に近いのかな。万物の源で、人も神もこの世にある物はすべて「気」から作られる。存思、そこにあるのだと強く念じることで「気」を放出できると考えられていた。チャクラはそれに似ているなと。
 火影は譲らないとは言えないところが大人になったなと感じた。なりたくてなれるものではないと分かっているからこそだな。意外と核心は第三者が突くことが多い。だからか、オリキャラやモブとの絡みが結構好きだったりします。
 バイクに乗る七代目なんて誰が想像できただろうか……。私は夢にも思わなかった。ギリギリで生きてる……本当、そうですねヤマト隊長……。

三章


 アジトメンバーに馴染んでる隊長にほんわかしつつ、123ページです。噴き出して笑っちゃうほどの思い出がこれで私はとても幸せな気持ちになりました。名前間違えちゃうサスケも指摘できないみんなも冷静に言っちゃうサクラちゃんもそれで笑ったことをずっと覚えているナルトも愛おしくてしょうがない。ああ……こういう些細な日常を過ごしていると分かっただけで幸せです。羅列した思い出全部見たい……。
 里のためならどんな仕事でもって……本当、誰かに必要とされることを喜び、生きる糧にしているんだなとしみじみ思う。個人的にサスケが忍以外に周知されていることに驚きました。ほんっと他人のことばっかだな、ナルトは! 自分の価値を認めてほしい。火影になってすら自己評価が地の底なのはなぜなのか、と思ってしまう。過去の話を本人の口からさせるんじゃない……。でも、軽く笑いながら話しているのを見ていたら、ああ、もうあれは過去の出来事だと笑えるほど今は幸せなんだな、と思って……。
 ナルトって人の話聞くのが好きだよなあ。昔聞いてもらえなかったことが関係しているのだろうか。一楽、イルカ先生、テウチさん! いやあ現役だと描写されていて嬉しい。アヤメさんはどうしているのだろう。(ライブで顔が映った途端声が出そうになるぐらいには好きです)人たらしってはっきり言ってくれてすっきり。自覚がないから厄介だ。時たま出てくる科学的思考や哲学的思考、好きです。SFみたいで大好き。求心力、まさにそうだなと。
 サスケとサクラちゃんの帰還を悟ってほっとするナルト。待つことが一番苦手そうだから、我慢して心配してたんだろうな。この二人の話は『サスケ烈伝』で読んだんですけど、突然のジュ○シック○ークに笑わざるを得なかった。友人に実況してたら「pkmnみたいだね」と言われたのがツボでした。サスサクがかわいかったです。ハッピーエンドでよかった……。
 「不法侵入したことないの?」に笑ってしまった。一回や二回してそうだけど、国際機関、にはさすがに忍びこんではないのかな。すぐ突進するんだから……。体を少しは大事にして欲しい。チャクラなしで金属板へこませられるのは人外なのでは? 常に団結しなくても、無理に忍にならなくてもいい世界か……。ヒナタはヒナタらしく、忍として働く同期とは違う形でナルトを支えているんだろうな。くしゃみをする大蛇丸様がたいへんかわいらしかった。暗部ってまだ存在するんだ。体制が変わっても必要ではあるのかな。大蛇丸様が丸くなってなくて少し安心してしまった。あーそういう人だよね、と。そういうところだぞ、ナルト……。自分の病を後回しにして……。

四章


 ナルトが自分の身を鑑みないことに憤るサスケがツボです。大好きです。もっと言ってやって、と思う。周りがいくら大事にしようとしてもナルト自身がその精神じゃあ、やりきれないよな。そういうところがナルトらしいといえばそうなのだけれど。トントン拍子に作戦が進む。できるできないじゃなくてやるかやらないかの次元だな。さすがに腹をくくったか。カカシ先生とサクラちゃんが肩を叩くところがすごくいいなって思った。
 何もやることがないサスケ、ちょっと笑ってしまった。気づいているヒナタが来るところはいいとして、許さないとまで言うかな、と少し違和感。頼みます、と託す方がヒナタらしいのではと思った。まあいいや。
 ヤマト隊長とカカシ先生のツーマンセル! まさに縁の下の力持ち、だなあ。
 クシナさんの写真あったんだねえ、よかったねえ。ナルトはもっと自分を誇っていいと思う……。ナルトの思う火影に強さは確かに必要だけど、その人格が火影として選ばれたゆえんだと気づいて欲しい。
 久々の猪鹿蝶、と思う間もなく。はい、211ページ。このシリーズのサスケならもしかしてとは思っていたけれど、まさか本当にそうなるとは……。いつからそういう男になったんですかね。初耳ですけど。ほんっと馬鹿だな……。ナルトを聖人か何かと勘違いしてない? 信仰心篤すぎるよ……。自分の命の重さを分かってないのはサスケも同じじゃないか……。サクラちゃんとサラダちゃんのために生きろよ……。ほんとこの双璧自分の命省みないですね。
 わー! サイいなくてさみしいなと思ってた矢先にこれ! サイの口から妻って言葉を聞くのは初めてなのでドキドキしてしまった。好き。心伝身、そんな使われ方してたの……。
 暇を持て余すナルトと素直に無理するなって言えないボルト……。早く成長して引退させてあげてくれ……。頑張りすぎだよナルト、と常々思っているので、最近は平和な里で引退生活してほしいと願っています。バイクで乗りつけるサクラちゃんの図がかっこよすぎる。サクラちゃんが運転しているというのもツボです。
 お腹出してって言われて素直に従うナルトとサスケが好き……。チャクラの万能伝説がまた増えた。酸素って……いよいよ体の一部になりそう。七班はいつも出たとこ勝負だよなあ。臨機応変することおにかけては誰よりも経験積んでるもんな。うちは夫妻サンドのナルトがかわいい。このメンツでサクラちゃんが運転というのが頼もしい。サクラちゃんの酸素は自給自足なのかな……。ふと思ったけれどこれ、木登り修行のオマージュかな?

五章


 シカマルとチョウジの組み合わせが久々で懐かしくてにっこりする。いのは大蛇丸様と一緒じゃあ調子でないよね……。
 サクラちゃんのチャクラコントロール、さすが……。積乱雲、バイク……金属だ、と思ったらやっぱり落ちるよね。サスケがバリバリ信用してるのも好きだけど、「あれくらい平気よ」は強すぎて惚れてしまう。そしてここでその名前の由来を回収してしまうのか……。そうですね、雷切ですね! クナイ持ってないのかと一瞬疑ってごめんな。絶縁体じゃなきゃいけなかったんだな。とんでもないことをするな……。いよいよ人外じみてきている。
 「第七班の一員」でときめいた。そうです、一員です!(大声)サイがここまで追い詰められているのは珍しい……。第七班を痛めつけることが多いシリーズですね。
 チョウジ頭いいなあ。シカマルの肉弾戦も珍しい。
 超人離れしたって……もうとっくに人を越えていると思っていた。お互いに氷を払うのがかわいい。「雨に濡れた猫」。雨に濡れた猫か……。たとえが好き……。今回七班かわいすぎやしませんか。本当に三十路ですか。
 「殺してないでしょうね?!」を何回言われたんだろうね、大蛇丸様。
 烈陀国、ペルーっぽいな。舌打ちを噛みころすサイ、好き。
 ここで助太刀に来たのが誰か本当に分からなくて、冗談半分に我愛羅かな、と思っていました。まさか本当になるとは思ってもいなかった。
 カカシ先生とヤマト隊長への信頼が篤いナルトとサクラちゃん……いいな。「バイクは急に止まれない」その通り。黒ツチまでいるの? びっくり。
 カカシ先生、六代目としての人脈フル活用してるなあ。直接話を聞けることが嬉しいんだろうな、我愛羅……。本当、ナルトのことが好きだな。
 大蛇丸様の口から旦那さんという言葉を聞けるとは。ミツキの話はいのの精一杯の歩み寄りだな。シカマルがピンチだ。
 はい、ここ。260から264ページ。問題ないのはお前にとってだけだろ……。ちらっと噂で聞いたシーンはここか。私はここむちゃくちゃ好きです。サクラちゃんのいろんな思いがギュッと詰まってる感じがして泣きそうになる。サクラちゃんからするってのがもう好きなんですよね。たぶん、一瞬の出来事だったろうな。額当て、そういう使い方する? 額当てさんはサスケの額を守ることなく散っていきました……。そのままいくと燃えてしまうからしょうがない。またそういうことする。自分の体を大事にしない。ナルトもっと言ってやって……。すーぐ命投げ出そうとする……。それはナルトが一番望まない結末だと分かっているだろうに。264ページは、ノーコメントでお願いします。何回でも言ってほしい。そうやってお互い言い合ってれば少なくともどちらか一方が死ぬことはない、と私は信じている。最近、二人が死ぬかもしれないと考えるのが本当に怖いです。
 チョウジとシカマルの必死の攻防がついに終わった……。本当にぎりぎりだったねえ。突然「奥さん」って書いてあってびっくりしちゃった。妻じゃ駄目だったのかな。
 268と289……。誰が犠牲になろうとしてもそう思うんだろうが、とんでもないこと思ってるな……。夢投げ出すんか……。このあとのナルトの行動が好きすぎて言葉にならない。義手だけど地は出るんだとか思っている場合ではない。ナルトはどうやって衛星の上にいるのか? 答え、しがみついている。そんな根性でなんとか……しそうだな、ナルトなら。他人のことばっかりとは言うが我が身を振り返ってくれ。ナルトもそう言うとこあるから! 突然のクソデカ感情。十何年に違和感。アカデミー時代抜きにしても12歳からだから二十年は経っているのでは? まあいいや。ごり押しだな……。頭突き強すぎて人外ですね。極粒子が地球上に落ちないか心配だったけど、大気圏で燃え尽きたのかな。二人はたぶん須佐能乎と九喇嘛がいるから大丈夫なんだということにする。
 柱が落ちることも想定しているシカマルグッジョブだが指示が雑だな。ナルトが復活した時私は天孫降臨かと思いました(大げさ)。好きだな……。

終章


 茄子がおいしそうでうらやましい。待って、花火大会。屋根の上。サイダー。半袖。情報量が多すぎる。空き缶って何の空き缶だろうね……。サクラちゃんは酒豪なのかなあ。いいなあ。七班で飲みという素晴らしいシチュエーションに泣いてしまう。これは私の妄想ではないんだ……。毎年恒例と聞いて。毎年見たい。忍びこんでるの、七班らしいな。悪ガキか。揃って怒られてる図が見たい。結局特別に許可してくれそうだな、イルカ校長。優しいから……。ちゃんとヤマト隊長とサイも誘っている……。お礼言われて返事をしない三人……。問題は次です。大泣きしたナルト??? サクラちゃんも殴りたかっただろうなあ。ナルト自覚あったんだな。自覚があるだけで進歩だな。必要とし、必要とされることでなんとかギリギリみんな生きているんだな。そんな心配がなくなる日が来ればいいのになあ。しょうがない、ではすまされないと思うけれど、特効薬なんてないものね。所詮、花火のような命なのだろうか。そうだとは思いたくないけれど、世界規模で言えば人間の命なんてそんなものなのかもしれない。それでも生きるのだ。
 四人で乾杯の図はあまりに理想すぎて泣きました。何度夢見たことか!
 
 いろいろ思うところはあれど、私の解釈とあまり相違点がなくて好きです。カカシ烈伝読まなきゃ……。(シリーズものだとは知らなかった)
 最後まで読んだ方は少ないでしょうが、自分勝手なひとりごとにつきあっていただき、ありがとうございました。

海獣の子供は神話 *ネタバレあり

 どうもこんばんは、ビブロンです。

 慣れない東京生活に慣れた頃、思いがけずハマってしまいました。海獣の子供に……。

 原作を読了したので、改めて感想をまとめることにしました。

 

 twitterの呟きを時系列順に並べるとこんな感じです。

・映画を見た直後

 

 

  魂が抜けていたような気がします。第一印象は「私の頭の中だ」でした。

 一緒に見たフォロワ―さんには言ったのですが、あまりにも私の思考そのものでずっとあの世界に浸っていたかった。具体例として、空が消えてしまった瞬間(超新星爆発だ……)と思ったのですが、見事に的中してしまったことがあげられます。アングラードが「星が死んだ音」と言ったときは本当にびっくりしました。他にも、人間と宇宙は似ている、という話は理科の時間に聞いたなあとか、「宇宙は見えないもので満たされている」というのはダークマタ―のことだなあとか、私の中にあったものをあてはめて楽しんでいました。見ている間は小気味いいほど頭がぐるぐる働いて、今まで断片的に考えていたことが繋がっていって心地よかったです。

 昔から“無”については疑問に思っていて、命題のように考えていました。これが答えというわけではないけれど、私のふわふわした思考が映像に落としこまれたような、そんな印象でした。

 空と海について、感想ノートにはこうあります。

空と海は星の子で、きっと有が無になっただけなのだろう。この世界には無であふれている。見えなくなっただけ。人間の目から見た死、破壊というのは人間の前からなくなっただけにすぎなくて、見えないところには存在しているのだ。無が世界そのものなのかもしれない。私たちが世界だと思っているものは幻で、本当の世界は見えないところにあるのかもしれない。

 人間の見ているものは脳が補正していて、決してそのままが見えているわけではない、ということを父と話したのを思い出しました。

 こんな感じで、見た直後はストーリーやキャラクターというより、世界についての思想が突き刺さっていたのがよく分かりますね……。

 

・視聴後2日目

 

 卒論のテーマにまで影響されています。深くは言いませんが、神話だなあと思っていたのが功を奏しました。(原作は読んでいない状態です)

 

・視聴後3日目

 

 

  行動の早さには定評があるビブロンです。私なんかまだまだだと思いますが……。ちなみに米津氏の海の幽霊は2日目に購入して毎日聞いていた。

 

 

 

 2巻の途中まで読んだときのつぶやきです。海に纏わる証言が、ジュラシックパーク原作の始めに似ているなあと思いました。一般人の何気ない証言が核心や事件のヒントになっている形式大好きです。映画が洪水のような衝撃だとすれば、ゆっくりじっくり進んでいく原作はじわじわ水が沁み渡る感覚がした。

 

・視聴後4日目

 

 

 10年前のシーンですね。本当この一言に尽きました。

  これはジムのこと。相手のために、と思い込んで行動する人の魅力は言葉にできない。つまり無自覚エゴイスト大好きなんですよ。

 

 

 デデの考え方、研究したい、知りたい身には深く刺さりました。それでも探求することをやめられないのだ。

 

 

  アングラード……。実は初見時点で好きだと直感してました。

 

 

  ジム→空→海→?。この不毛な感情のベクトルの方向大好きです。噛み合っていない人間関係……。原作は人物を丁寧に追っていける分、人間関係を楽しむ余裕があります。

 地味に琉花がアング呼びなのがツボでした。なので私もアングと呼んでいます。最初はアングラとか呼んでてごめんな……。海と空はくんづけで、ジムとアングは呼び捨てなのもいいですね。

 

・視聴後5日目

 

 まだ原作では神話の言葉が出ていなかった時のつぶやき。まさか本当に神話だとは思っていませんでした。

 

・視聴後6日目

 映画ではアング→空な感じに見えてましたが、原作は海寄りのイメージです。海寄りというか、アングは言葉のない世界では海に似ていて、言葉の中の世界では空に似ているのかな。両面を持ち合わせているのがアングラードという存在なのだと思います。

 映画では空の方が突飛で思考が分からない印象が強いけれど、原作だと海の方が理解しにくい。思ったまま動いている素直な人の腹の底が見えない感じ、好きです。分かりにくいという印象を持っている人の方がまだ理解できる。考えてることがさっぱり読めなくて恐ろしいのは、ずっと笑ってる人、な気がする。

 映画で感じた認識がドンピシャで戸惑っていました。

 どうでもいいんですけど、アングって喋っている時が一番楽しそうじゃないですか?オルゴールと会話してる場面めっちゃ好き。

 心の中身を吐きだす方法として言葉を手に入れて、気持ちはそのときのままなんだなあ、と思っています。言葉のない世界で得た認識を表に出すために言葉を連ねる。中国には「賦」という表現形式がありまして。それは言葉を書き連ねているものなのですが、その理由が「世界をとらえるため」なんですよね。アングにとっての「言葉」に近いなあと。

 ・視聴後7日目

 

 水族館のバックヤードは何回か行ったことがあるので、映画では勝手に潮の香りを感じてました。あと、ハリセンボンがたくさん打ち上がっていた光景を思い出したり。不気味な深海魚たち、木村さんって感じで好きです。

 

 

 折口信夫先生の「水の女」を思い浮かべながら読む4巻。加奈子さんの過去、好きです。水と女は繋がってるんだなあ、と実感しました。あまり深く言うと卒論に関わるので言えませんが。

 なんちゅうツイートだ。

 4巻のアングとジムの噛み合わなさが好きです。こう、守ってあげたいという庇護目線のジムと人間ではない空と海のことを知りたいという好奇心で動くアング……。人間の世界に連れてきたいジムと空と海の次元に行きたいアング、という違いもあるかもしれない。引き留めるか、近づくか。水魔の話、アングは面白がっていたものな……。どうでもいいことなんですが、ピロートーク、けだるげな感じが醸し出されてて好きです。

 言葉が見つからなくて、好きですばかり言っている。

・視聴後8日目

 

  あ、これは4巻の続きですね。前後しますが、海に纏わる証言第六が程よく不気味で好みです。この話があって、「水魔」につながるんだなあと思うと、本当に構成が上手い作品だと感じます。南極でジムが邪魔しなければ、アングも第五や第六の二の舞になりかねなかったのかな、とか思ったり。過ぎた好奇心は身を滅ぼす。神と人の領域の違いをまざまざと思い知ることになるのです。(深夜テンションでおかしなことを書いていたらすみません)

 ヴィーナスには聖痕<スティグマ>として神話的英雄に見られる重瞳があったり、神話に現れる七つの乳房があったりと私をわくわくさせるモチーフでいっぱいありました。どうしよう、世界観が好きだ。ちなみに、1巻で海が琉花に「これはなに?」といろいろ聞くシーンで「蘇民将来」のお札を見た時、関係ないかもしれませんが、なるほどなあと思いました。詳しくは備後国風土記を読んでください。こんな風に細かいモチーフが散りばめられていて、ひとつひとつが意味を持っている楽しい作品です。

 これ。私は結局この巻しか読めていない。

http://blog.hatena.ne.jp/bibronii/bibronii86chidori.hatenablog.com/edit?entry=17680117127205531340#source

・視聴後10日目

 

 5巻を読んだ直後のツイートたち。

 人間ではない行動をしていた海が琉花を背負って歩くところが好きです。もしかして海の生き物から陸の生き物へ体が作り変わっていったのかもしれない。だからだんだん人間のような感情を見せていたのかな。別の世界に生まれ変わるための準備……。

 ジムとアングは選ばれなかった者たちだけれど、悲愴感はなかった。心の底では自分ではないと分かっていたのかもしれない。お互いがお互いのことをちゃんと分かっている最後の会話が好きです。似ていないからこそ分かる、みたいな関係。

 

 

 このあと30分後に始まる回に滑り込んできました。行動の早さよ。

 

 これは本当。タイトル出る前の海を見ているうちに涙がボロボロ出てきてびっくりしました。情緒不安定すぎる。脳内原作と照らし合わせつつ、映画ならではの表現に圧倒されてきました。エンドロールは言わずもがな、アングのオルゴールで不覚にも泣きそうになった。

 2回目は、アングの「空は海の中にいるよ」という言葉が印象に残った。原作でも言っていたけれど。アングが海くんの中に入っていたような描写を見たからかな。

 あと、子守唄について。

 後日のツイートだけど、こういうことじゃないかなと思っている。ところどころに原作のモチーフが散りばめられていて間違い探しみたいでした。南極も出てきたし。

 琉花の「命を断つ」がすべてを物語っていると思う。生命は水を通って生まれ、死んでいくのだ。

 原作の語り手である女性(序盤と最後に登場)の言葉をデデが言っていたのがなぜだろう、と考えていて、辿りついたこと。たぶんこの女性は琉花なんじゃないかな、と勝手に思っていますが。映画で「私もあんたくらいの頃に会ったのさ」とデデが言ったことで、琉花とデデがこう、輪のように繋がったなあと。繋がった、は語弊があるな。どっちかというと重なった。「るか」は固有名詞ではないのかもしれない。過去と未来が交差する。上手く表現できないのですが、「るか」はデデであり、デデは「るか」なのかなと。未来の自分と繋がっていたら面白いなあ。SF的な解釈ですみません。

  

 約束についての私の見解。ジムや加奈子さんなどいろんな人が交わした「約束」はそれぞれの胸の中にあるもので、第三者である私にはわからないものである、と考えている。わかっては、いけない気がする。

 

 本当、映画が原作と化学反応を起こしていて、見れば見るほど奥深い、スルメのような作品に仕立てられているのはすごいと思う。

 

  買っちゃったよね。夏を感じる曲がまた増えたな……。(ペンギンハイウェイのサントラも入手済み)つい大音量で聞いてしまう。映画館で聞きたいな。

 

 私にとって『海獣の子供』という作品はキャラやスト―リーではなく、世界観や考え方そのものが好きなんだなあとしみじみ思っています。だから比較的落ち着いている。ぶわっとした熱ではなく、じわじわと沁み通って、自分の糧になる感じ。時間を置いて読み返したらまた違うこと考えるんだろうな。

 とりあえず今日はトゥレップを見てきます。あの世界を言葉にしようとした人たちの話だと聞いてわくわくしている。

 長々と自論を読んでいただきありがとうございました。自分の備忘録のようなものなので、とっちらかっていてすみません。まだまだ言葉にできないことがたくさんありますが、とりあえず思ったことを書き連ねてみました。言葉にしないと脳内がパンクしてしまう性質なので、できないと分かっていても挑んでしまう。拙いですが、何かのヒントになれば幸いです。

 

 

さよなら北の大地

 今日、段ボールの山とさよならしましたビブロンです。今日も今日とて雪が降っている。

 いよいよこの地から離れるのだなあ、と思うと感慨深いものがあります。入学早々吹雪いたり、膝まで雪に埋まりながら大学に向かったり、停電して二宮金次郎のような生活を送ったり、カラスに頭をどつかれたり、あらゆるところで試されたのも今となってはいい思い出。

 幼児だった私にとってあこがれの地だったこの場所に住めて、本当によかったなと思います。映画館や新刊書店が近くになくて悲しかったけれど、なんとか生きてこれました。スクリーンがなければ空を見ればいいじゃない、と言わんばかりに夕焼けと夜空が美しかった。

 寒さにはいまだ慣れなくて、完全防寒しないと外には出れません。瀬戸内育ちにはつらい気温だった……。雪が積もった方がすべることがなくて安全だということを初めて知りました。冬の旅行は勇気がいりますが、一度は訪れてほしい。なんたって電車移動中の車窓からの風景がきれいです。雪の白さに負けないカラフルなおうちがたくさん並んでいて、日本じゃないような気分になります。雪がないときに、なんでこんなに屋根がビビットな色合いなんだろうと思ってましたが、冬になってその意味がわかります。地味な家は白さに埋もれて見えにくくなるからだと。

 ろくに観光していないし、すべての魅力を知った、とは言えません。でも、聞いたことのない魚を食べる、水たまりから白い湯気のようなものが出てるのはなんでだろうと疑問に思う、突然聞こえてきたニワトリの鳴き声に驚くなどいろんな発見がある生活は楽しかったです。これから都民になるのが信じられない。

 この地とは逆の自然とは縁遠い生活になるけれど、その分別の楽しみ方ができるかな、と考えています。たくさんの人間の営みを観察したい。イベントにも参加したい。日々新しいことに挑戦をしていきたい。

 

 さよなら北の大地、はじめまして大都会。

「推し」とは

 どうも、こんにちは。引っ越しまで一週間を切っていることに驚きを感じたビブロンです。急に寒くなって雪まで降り出したこの大地にまだ馴染めません。

 

 ところで、ふと疑問に思ったことがあります。それはタイトルにも挙げた、「推し」とは、ということです。

 推す、という言葉は推薦する、と同じように人に薦める意味合いが強い言葉です。よく使われている「推しキャラ」というのは、人におすすめしたいほど好きなキャラ、という感じでしょうか。私はそんなふうにとらえています。

 「推しキャラ」という言い方は浸透しているし、使い勝手もよさそうだな、と思った時期もありました。でも、いざ使うとなると違和感を感じてしまったのです。

 そもそも私はそのキャラを人に薦めたい、という思いを抱いたことがない気がします。そのキャラが好きである、というのは私を知ってもらう上で話すことはありますが、別に一緒に好きになってもらいたいとか良さを知ってもらいたいとかは思っていないなと。私ではないのだから、同じ思いを抱けと言うのは乱暴だとすら思っている。

 「推し」でないならなんなのか。単に好きといってもいろいろ種類があります。私の場合、基本的に「そのキャラの一生を見守りたい」という思いに尽きるので、あえて名づけるなら「見守りキャラ」とでも言えばいいんでしょうか。

 少し話は変わるのですが、粛々と見守っていたい私にとって「布教」なる言葉はいまいちピンときません。「布教」と言っても、好きな作品の知名度を上げよう、という感じの「布教」はとてもいいことだと思います。そうではなく、キャラのみとか特定の関係性のみとかをピックアップした「布教」は理解できません。私に交流欲がないからでしょうね。

 

 「推しキャラ」という言葉とは相容れないな、という話でした。何にせよ、人に薦めるって難しいことなので、安易に「推し」だからと押しつけたくはないですね。こういうのもあるよ、ぐらいに留めておきたい。聞いてもらえると熱くなってしまうのはよくないな、と反省して終わります。