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とかげ手帳

手帳の中身のおすそわけ

91Days 12話感想

ついに、最終話。来てしまいましたね。一回通して見た感想です。覚えているつもりですが、セリフや展開に間違いがあるかもしれません。ご了承ください。今回は構成が過去と現在が入り乱れていて、いつにもまして複雑でしたね!そこが良い点だと私は思っています。

 

ガラッシアの人たちとホテルにいるアヴィリオ。食事を受け取ることはなく、抜け殻のようにぼうっと座っているのが印象的でした。雑誌の表紙を見つめている。そこには『Florida』の文字が。フロリダの看板は以前、見たことがある気がします。4話だったかな……。はっきりは覚えていません。そこへネロがやってくる。顔を上げるアヴィリオ。アヴィリオは、ネロが来ることを知っていたのではないかと思います。ずっとネロを待っていたような……。そんな顔をしていました。

OPが始まると同時に、もう泣いてました。これで最後なんだと思うと胸がいっぱいになって……。OP後海のカット。タイトル横のモチーフが貝殻だったし、海で最期か、とひしひし感じた。

カーチェイスを繰り広げるティグレとネロ。このシーン、かっこよかったです。「あぶねえじゃねえか!」「あんたは黙って撃ってろ!」良い……。あの劇場から必死で逃げてきたんですね、アイランドへ。(このシーンがどこに入ってたのか思い出せてません)

この連絡はチェロットかな。「行くのか」「ああ、お前らも逃げろ」「ファンゴの死んだところでくたばりたくはないだろ」「生きてたら、また会おう」悲しいシーン……。あの部屋でしたか。殺風景になりましたね。

ストレーガとアヴィリオ。水を飲むアヴィリオくんが耽美だと思ってしまってすみません!つい、食い入るように見てしまった。ストレーガはアヴィリオにまだ使い道があると思っていたんですね。ネロをおびき寄せる作戦だったのかもしれない。不可抗力で生かされてしまったアヴィリオ。

必死に抵抗するティグレたち。不安な仲間を鼓舞するティグレ……。初期のころから出ていたこともあって、最期は悲しかったです。涙が出てきました。最初、不憫キャラだと思っててすみませんでした。仲間を先に行かせて、囮になるティグレさん、最高にかっこよかったです。サーチライトを狙えってつっこみたくなりましたけれど、あんな状態じゃあ、思いつけませんね。結局ネロは見つからず、イラつくストレーガ。

ネロに捕まったアヴィリオはチェロットの待つ車へ。チェロットは巻き込まれることなく、生きていたことにホッとしました。そして、コルテオを想う気持ちをアヴィリオにぶつけるチェロット……。助けられなかった自分を責める気持ちもあるけれど、巻き込んだ本人が生きていることに憤るチェロットも自分本位。でもやっぱり一番人が良くて優しいのはチェロットだったんじゃないかと思います。なんだかんだいって、こうしてネロとアヴィリオを連れて逃げようとしてくれているのだから。黒幕の名前をあっさり伝えるアヴィリオ。ガンゾはもう死にましたしね。ファミリーの人間は「みんな俺が殺した」発言。やはりネロとヴィンセントには家族を喪う悲しみを、つらさを味わってもらいたかったのだ。「ヴィンセントはくたばっちまったけどな」挑発的なのは変わらないアヴィリオくん。憎悪と憤怒の表情で迫るネロに「やれよ」の一言。やっぱりネロに殺されたがっている、と思った。あの瞳。何も映さないガラス玉のような瞳。引き下がるネロ。車は走り出す。

チェロットが朝ご飯の有無を聞くが無言の2人。ため息をついてとことこ買いに行くチェロットくん。「あいつは人が良すぎる」その通りです!缶詰を1つレジに持って行こうとして、やっぱり3つ抱えるチェロットくんほんとかわいいです。癒し枠でした。車が行ってしまうのを見て「えっちょ、まじかよーっ!」がかわいすぎた。その後店主に殴られるチェロット。ああ、人がいいから巻き込むのはやめようって2人が合意したんだと思うと、チェロットは本当にいい奴……。91Daysはチェロットくんに癒されるアニメです。

食事をとるネロ。アヴィリオは顔をそむけている。ネロの目の動きは、追手がいないかどうかの確認かな。煙草を渡すと悠々と吸いだすアヴィリオ。なんでこいつはこんなに平静なんだと訝しがっていたのかな、ネロは。そして入ってきた男を見て、コーヒーを飲まずに店を去る。あの男が追手だと気づいていたのかな。

分かれ道。どうしようかとネロが車を止める。知らぬ存ぜぬだったアヴィリオが口を開く。「右だ。南に行ける~番道路に出る」(聞き取れなかった)「どこへ行く気だ」「海」「ん?」「見たことあるか」「いや、ないな」右に行く車。ここの会話、好きです。そしてこれから、死への旅路が始まるのです……。4話は生への旅路。生きるために逃げていた。12話は死への旅路。死ぬまでの道のり。二つの旅は対照的に作られているんじゃないかな、と私は思いました。(たき火の後だったかもしれないですね、このシーン)

たき火のシーン。炎、人間の情念を示すものらしい。(T.S.エリオット『荒地』火の説教より)欲、怒り、憎悪などの強い情念……。それらが色濃く表れるシーンだったと思う。「復讐が終われば生きる意味も見つかると思った」「でも何も残らなかった」「すべてむだごとだった」アヴィリオが感情を吐露する。ここで、アヴィリオくんは周りが思ってるほどには強くない。むしろ一番弱くて脆い、子どもだったのだと思った。5話で「復讐をやめたら、俺は生きてる意味を失ってしまうんだ」と言っていたけれど本当は『生きる理由として復讐に縋ることしかできなかった』のではないかと。そして、復讐をやり遂げればきっと新しい理由を見つけることができる、幸せだと思える道が見えてくる、と思っていたのだとしたら。アヴィリオくんは絶望への道をたどっていたのではなく、希望の道だと思って進んでいたのかもしれない。そんな想いが見える気がした。コルテオと一緒に暮らすことは復讐の後の道としての一つだったのだろう。10話の「帰ってくる」は本心だったに違いない。夢は潰えてしまったが。コルテオを殺した後は憔悴こそしていたものの、まだ希望があった。それは復讐をまだ達成していなかったから。11話の最後から12話は、本当に抜け殻になってしまった。どうでもよくなってしまった。そんなアヴィリオの言い方に憤るネロ。アヴィリオの胸倉を掴む。「あいつらの死は無駄だったってのか!」「お前を信じてたんだぞ!!」必死の叫びに、どうにもできないアヴィリオの感情が爆発する。「だったら7年前のあの日、殺しておけばよかったじゃないか!!」泣きだすアヴィリオ。そもそもそっちから始めたことだろうと。責められる謂れはないと。空虚なやるせなさだけが残って、自分がこれからどうすればいいのか完全に見失って、戸惑って。そんなぐちゃぐちゃな感情が涙となって溢れてきたのだと私は思っている。ネロは、何も返せない。あの日を思い出すネロ。ネロ視点が欲しいと前々から思っていた私は、まさかの本編での映像にびっくりした。とても嬉しかった。『Happy Birthday』の文字を見てしまったネロ。アンジェロを、殺すことが出来なかった。あの時の中途半端な優しさが今のアヴィリオを創ってしまったことに、少なからず責任を抱いていたのだろう。背中を向けて無防備に寝るアヴィリオが、4話のいびきをかいて寝るネロと対照的だと感じました。

海へ向かう2人。ここで、『Rain or Shine』流れる演出、憎いなあ。好きです。ステーキ食べてるネロに何か言うアヴィリオ。手首の縄を切る。食べたのはつけあわせのパインだろうか。運転ではっちゃけるアヴィリオくん。木にぶつかると見せかけて避ける。やっぱり運転上手いよね?わざとだよね?夜眠たげに運転するネロの隣ですやすや寝てるアヴィリオくん。何か、ふっきれたのだろうか。最期が、見えてきて安心しているのだろうか。やっと終わらせてくれると思うと、余裕が出てきたのかな。明るいのに、どこか悲壮感が漂ってきて、ああ、死へ向かってるんだなと感じた。

海に到着。ここの作画は気が抜けてましたな。しょうがない、ここしか抜くところなさそうだもの。12話は全体的にきっちり仕上げられていて、スタッフの気合とこだわりを感じましたね。ついに来たラストシーン。2人で、海辺を歩く。「生きるのに理由なんていらねえんだよ。ただ、生きればいいのさ」ネロは歩きながら言う。「俺がお前を殺さなかったのは」立ち止まるネロ。「お前を、殺したくなかったからだ」銃を向けるネロ。震えてなかなか狙いが定まらない。歩き続ける、アヴィリオの背中。銃声。暗転。この展開は素晴らしかった。7年前と、ほぼ同じシチュエーションで、すべてが終わった瞬間、だった。雪と砂。どちらも足跡がつく。前を行くアヴィリオを後ろからネロが震えながら狙いをつける。7年前は夜だけれど、今回は昼間、というのがまた良い。車がすれ違う。勢いよく走っていくのはネロの車。その隣には、パインの缶詰。やっぱりアヴィリオくんはパイン缶だったんだって思いましたね。それをもう一台の車に乗っている男が見つめる。きっとこの後、ネロはこの男に殺されるのでしょう。ネロのフラグまで立ててくれてありがとうございます、としか言いようがない。打ち寄せる波と共にエンドロール。足跡は消えて行く。死体がなかったから、きっとアヴィリオくんは水葬なのでしょう。家族とコルテオの姿を夢見て、幸せそうに笑んだ死に顔だと良いな。海からどこへ旅だったのか。みんなのいるところへ行けたら良いね。水死、水葬は水による浄化と再生を意味しているようだ。乾燥した荒地での死に対して水死は再生につながる望みを内包する。水は伝統的に生命、浄化、再生を意味する。(T.S.スコット『荒地』参考)つまり、海での最期は救済の、生まれ変わる儀式とも言えるのではないだろうか。アヴィリオはこの現世は地獄でしかなかった。生きるべき場所ではなかった。この最期はアヴィリオにとって、新たな始まりともいえるのではないか。

素晴らしい引き。終わり方としてとても綺麗な最期。ここまで見守ることができて本当に良かったという思いと、素晴らしい作品をありがとうという感謝の思いと、よい作品だったという感動の思いで涙と笑みがおさまりませんでした。しばらく、にやにやしていたと思います。構成、脚本、展開、作画、音楽、演技。どれも素晴らしくて、最期まで楽しませていただきました。

空っぽになっても自分で死ぬことはしなかったアヴィリオ。 なぜ自殺をしなかったのか不思議に思っていたのですが、ネロが来れば殺してくれると確信していたのでしょうか。9話で言っていた言葉「でも今ならやれるだろ」「7年前に撃ち損なったそのガキを」。この時私は思ったのです。アヴィリオはネロに殺されたがっているのではないかと。さんざん苦しんだ後、ネロの手で、殺してほしかった。あの時殺さなかったからこの復讐劇は始まった。そのネロに、終わらせてほしいと願っていたのではないかと、私は思うのです。その願いがかなって良かったね、アヴィリオくん。

ところどころに入れた『荒地』については、別のところでまたまとめようと思います。全体的に、この作品が91Daysの根っこになっているんじゃないか、と私は考えています。