とかげ手帳

手帳の中身のおすそわけ

移動の楽しみ

 移動が好きだ。移動と言っても違う場所に行くことではなく、行くまでの過程のことである。飛行機、新幹線、船、電車、バス、車。移動する手段は様々で、どれに乗っても楽しい。一番楽しかったのは寝台列車だ。小さい頃、某夢の国に行ったのだが、私の脳にはそこに行くまでの寝台列車の記憶しかないからよっぽど楽しかったのだろう。大陸横断だとか日本縦断だとかの文句を見るたびに、いつか絶対乗ろうと決意する。

 歩いたり自転車に乗ったりするのとは違って、座っていれば目的地に着いているからすごい。乗り物酔いは滅多にしないから、その間は何でもし放題だ。本を読んでもいいし、音楽を聞いてもいい。書きものだってへっちゃらだ。ぼけっと座って、どこを見るでもなく窓の外に目を向ける、なんて贅沢ができるのは移動中ぐらいだ。

 車だけは酔ってしまうため、何もできない。そんな時には考え事がはかどる。何もしていないように見えて、頭の中はくるくる動いているのだ。だからドライブはもっぱら身をゆだねる側である。一応免許はとったが、運転中は緊張しっぱなしでとても楽しめるものじゃなかった。余談だが、大学の教授たちは若手を除くと運転しない人が多い。文学系だからだろうか。私も免許は便利な身分証という認識で、自分で運転したいとは思わない。

 閑話休題

 さて、移動が楽しいのなら散歩も楽しい。あてもなくぶらつくことは、一番の気分転換になる。しかし、そんなのんきなことが言えたのは、雪がなかったからだと痛感した。北の大地にやってきてから、冬が長くなり、寒くなった。そして雪道を歩くことが日常になると、外に出るのがおっくうになる。何も用事がないなら家にいたい。歩いていても、足元が滑るため、いつだって気が抜けない。氷でコーティングされた道路は固く、頭でも打てば致命傷になりかねない。まさに生と死の狭間である。今日、初めて転んで、手のひらと尻を強打した。安全な転び方だったからたいしたことにはならなかったが、信号待ちの車に見られて恥ずかしかった。雪道初心者としては頑張っていた方だと思う。雪道でなくとも、ぼんやり歩いていると迷うし、自転車に乗っている時に注意が逸れると転ぶ。やっぱり、ぼけっとしていられるのは他人の運転する乗り物でないと駄目だ。

 それにしても、乗り物特有の揺れはどうしてあんなに心地いいのだろうか。睡眠を十分にとっているのにもかかわらず、襲い来る睡魔には勝てない。何をしていても結局寝てしまうことが多い。速く目的地に着く乗り物が発達しているのは、時間がもったいないという考えからだろうが、私は逆に移動時間が多ければ多いほどわくわくしてしまう。これから、あの至福の時がだんだん減っていくのだと考えると少しさみしい。